見えないけど大切なもの 話は、二人が日本へ戻ったその日へと遡る。 「…正一が、イタリアに?」 はっ、そうであります! そう返事した隊員に、ウチは呆気に取られて言葉を失った。ウチと助手子が日本へと入国したのは、ほんの数時間前だ。なんでも話によると、正一が出たのも丁度その頃で、ウチと正一は完全にすれ違ったらしい。 正一はこの基地の責任者だ。だから助手子を基地へ入れる為には彼の承認が必要だったのだが、チェルベッロも居ない今、ウチにはどうしようもなかった。 黙り込んだウチをちらちらと気にしていた隊員は、言いにくそうに呟く。 「なんでも白蘭様の急なお呼び出しだとか…」 「白蘭の…」 ふと、日本に帰る直前に会った彼の姿が脳裏に蘇る。胡散臭い笑顔、いたく助手子を気に入ったらしい白蘭は、わざわざ玄関先まで見送りに来た。 ――スパナくん、上手くやりなよ? 何か企むような目で、投げかけられた記憶は新しい。 (やられた) 正一には助手子の事は言うな、というのがはじめの約束だ。今ももちろん正一は知らない。そして、まだ言いたくないのも事実。白蘭が正一をわざわざイタリアに呼び出したのは、ウチに気を利かせてのことだというのは明らかである。新入隊員の手続きは普通、その基地の責任者の許可を得て行う。しかし担当者が居ない場合、ある一定以上のランクの者の許可と、簡単な書類だけで済むのだった。 助手子と正一を会わせたくないウチには、正一が外泊している間に助手子を連れてくるのがベストなのだ。 「部屋」 「はっ!?」 「空き部屋、ひとつ用意しといて。できるだけウチの部屋の近くで」 ご丁寧に助手子の住所まで教えてくれた白蘭。あいつの手のひらの上で踊らされている気もするが、ここはありがたく従うとしよう。 慌てる部下を放置して、ウチは準備に取りかかった。 * そんなこんなで、助手子を無事基地に(人目を盗んで)入れることに成功した。いつかは正一にバレるだろうけど、少なくともしばらくは安心。書類を提出して、部屋に戻って、早く助手子にお茶でもいれてもらおう。助手子の淹れるお茶はものすごくおいしい。大好きだ。 …早くもわくわくしながら部屋に入ったウチが目にしたのは、助手子がモスカ相手に何かぶつぶつ呟いている姿だった。 「助手子…どうかした?」 なんでモスカと。モスカは喋らないし、しかもそれまだ作りかけだから動かないし。あれ、もしかして助手子がモスカ見るの初めて?だから興味持ったとか?でもそれにしては、物凄くぶつぶつしてる気がする。それになんか表情が険しい。何で? 「助手子」 彼女の肩を叩いたら、助手子はびっくりしたように振り向いた。 「スススパナ…!いつ帰ってきたの?気付かなかった!」 「今。」 あわあわする助手子が面白い。 助手子は言いつけた通り、ツナギに着替えていた。ウチとお揃い。でも彼女に合わせて特注したもの。似合うと思う。それに、どこからどうみてもウチの助手だ。 「助手子がモスカと喋ってたからびっくりした」 「…モスカ?」 「それ。そいつの整備がウチの仕事」 助手子の前のモスカを指差す。 「なかなか可愛いだろ?」 ウチの言葉に、助手子は、はにかんで頷く。 助手子がモスカに興味をもってくれて、助手子がお茶淹れてくれて、今日から助手子と一緒に仕事。きっと毎日が楽しくなる、と思わず頬がゆるんだ。 090822 |