だから何が欲しい ミルフィオーレ日本支部――もといメローネ基地の内部は、相変わらず白い箱を連想させた。私が一番最初に案内(という名の拉致)をされたのはこの基地である。しかしその時はまだ色々整備されている途中で、だから私は先にイタリアへ移されたらしい。 私たちが入った入り口は、正面玄関ではなく裏口のようなところのようだった。私の手を引いたスパナは、辺りに人影の無いのを確認すると私を招き入れた。 「ちょっと待って、監視カメラだ」 スパナはポケットからリモコンのようなものを取り出すと、何か操作をした。すると天井に取り付けてあったカメラの首がまわり、私たちはその死角を選んで廊下を進む。まるでスパイ映画みたい…というか。 「ねぇ、なんで忍び込んでるの?正式な隊員なんだから隠れる必要ないよね」 「外泊中狙ったから多分大丈夫だと思うけど…記録見られたら面倒だから念の為、まだ知られたくないし…」 「誰に知られたくないの?」 「そりゃあ、正…」 そこまで言って、スパナはぱっと私を振り返った。無意識に返事していたんだろう。失言した、という表情である。 「なんでもない」 首を傾げてスパナを見上げるが、彼は曖昧に、気にするな、と微笑んだ。 * 到着したのは、それなりに広さのあるひとつの部屋。他の部屋同様にそこは真四角の白い部屋で、でも壁には作りかけのロボットのようなものやら、土管やらが散乱している。それに、タオルやツナギ、インスタントの緑茶パックなんかも。 とても生活感の溢れる部屋だ。 「もしかして、スパナの部屋だったりする?」 「…! 凄い、なんでわかるんだ?」 凄い、もなにも。 どうみたって、スパナの部屋だ。他にロボットと和物が混在している部屋、そうそうないと思うんだけど。 「もしかして、ここでも仕事してるの?」 「うん。仕事場兼部屋だから。でも大規模な実験は、別の部屋に場所がある」 地下にあるのに、メローネ基地はかなり大規模なものだ。こんなものを秘密裏に作ってしまうなんて、マフィアって侮れないと思う。思いながら、普通にマフィアに所属している自分に驚きだけど。 きょろきょろしながら座っていると、スパナは私の荷物を下ろし(持ってくれていたのだ。優しい!)、こちらを向いた。 「助手子。ウチはちょっと報告に行ってくるから、着替えて待ってて」 「はーい」 「くれぐれも、部屋から出ないこと」 スパナを見届けて、改めてぐるりと部屋を見渡した。 イタリアにいた時もスパナの部屋を見たけれど、あれは仮に滞在した部屋だった。あの時もボルトやらペンチやらが散乱してたけど、これはその比ではない。一目見ただけで、どれもスパナが愛用している様子が窺えた。 そして、パソコンも沢山。本も沢山。何よりも目立ったのは、ロボット達。 (そういえば私、スパナが仕事してる姿ってちゃんと見てないんだよね) 1ヶ月のイタリア滞在は私の教師をしていたのだし。あの後、マフィアの仕事は辛いだなんて脅されて辞めさせられかけたりした。つい最近のことなのに、もう随分昔な気がする。 マフィアの仕事って、やはりこのロボットもそうなのだろうか。丸い寸胴なそれは、なんだかあまり強そうじゃない。顔だって愛嬌がある。きっと楽しそうな顔でスパナは彼らを整備するんだ、なんて思うとちょっと笑ってしまった。そんな時のスパナは凄く可愛いから。 彼とお揃いのツナギに腕を通しながら部屋をながめていると、そこにはかなり日本の物が置かれているのがわかる。スパナは日本が大好きなんだなぁ、なんて考えていたら、不意にイタリアで聞いた言葉を思い出した。 (日本は、技術が進んでいるし文化も面白いから好きだ。正…、ウチの知り合いの日本人から色々教えてもらったんだ) あ…! ちょっと前にスパナと話したとき、確かにそう言っていた。あのときも途中で言葉を濁して、そう、多分誰かの名前。ショウ?それとも、ショウなんとか、かな。さっきも同じように言葉を濁してなかったか。監視カメラについて聞いたとき。ショウという人に見つかりたくない、とか。 つまり纏めると、ショウという人はスパナと親しい日本人で、ミルフィオーレの人間。しかも、私と合わせたくないらしい。 (なんでだろう) 私が至らない助手だからかな。それとも他に、何か理由があるのだろうか。ショウさんとスパナの間に、何か。 (わかんない) スパナにも、親しい友人だっているだろう。ミルフィオーレの中でも、それなりの人間関係を培ってきた筈だ。 それは当たり前のことなのに、なんだか少し、もやもやした。 090630 |