三秒以内に答えろ いつもより幾分か気合いの入った母の手料理を前に、私は生返事と溜め息を交互に繰り返していた。隣には父が、父の向かいには母がにこにことした笑顔を浮かべて座っている。そして私の向かいには、非常に不機嫌な様子の弟が。 「で、イタリアのどこ?」 「いや…なんか田舎の方」 「職種は?」 「技術部の事務、みたいな…」 私からなんとかイタリアでの様子を聞き出そうとする弟。……ぶっちゃけ、そろそろ受け答えが辛い。御存知の通り、私の就職先のミルフィオーレはイタリアンマフィアで、その情報を漏らすわくにはいかない(というよりも、漏らしたら確実に消される)。だから私は苦しい言い訳で弟の追求を逃れようとしているのだった。 ――そもそもの非が私にあるのは認めよう。ろくな説明も無しに転職、そしてイタリアへ飛び立った姉を心配するのは当たり前だと思う。1ヶ月連絡もせずに帰ってきた私を質問責めにするその気持ちも分かる。…むしろ、何も疑問を持たずににこにこしている両親がおかしいのだ。 「姉貴、さっきから生返事ばっかでいい加減にしろよ!!」 「そんなこと言われたって…それに、あんたには関係ないでしょ」 「関係なくない!仮にも家族なんだからな!!」 「まぁまぁ、助手子もメカも喧嘩はよしなさい」 「そうだぞ。助手子が帰ってきたんだ、家族団欒を楽しまないと」 「…大体、父さんと母さんが何も気にしないのがおかしいだろ。姉貴がマフィアとかに入ってたらどうすんだ」 「まあ、メカったら。助手子がそんなことするわけないじゃない」 マフィア、の言葉が出たとき反応しそうになった。危ない危ない、妙に世間ずれしている両親に今回は感謝である。このぼけっぷりではまず私の言葉を疑わないだろし、あとの問題は弟だけだ。と、その前に、今の会話でもう一つ気になったことがある。私は聞き間違いかと首を傾げ、聞き返した。 「お母さん…メカって誰」 誰というより何、だ。話の流れからして弟のことだが、断じてうちの弟はそんなグローバル(カタカナ)な名前ではない。しかし母は、やはり弟を指差した。 「やだ、助手子ったら。メカはこの子のあだ名よ?知らなかった? この前幼なじみのフゥ君が来たときに教えてくれたの」 唖然と弟に視線を送ると、彼は急に視線をさまよわせた。確かに昔から機械とか大好きだし、今の仕事も技術者らしいけど…本当にそのままのあだ名で妙な笑いが込み上げてくる。吹き出した私に「メカニックの略でメカなんだ」とかなんとか、弟(メカと呼ぶべきか)は言い訳がましく呟いた。 何はともあれ、上手くメカを黙らせられたらしい。これ以上追求されたら私も余計なことを漏らしそうだが、スパナと約束したのは明日。しばらくは家に帰らないだろうし、その間に言い訳を考えればいい。 ほっと息をついて、私はようやく美味しそうな料理に箸を伸ばした。その時。 「あら、お客さん?」 玄関のチャイムが鳴った。 「私出るよ」 そう言い残して玄関に向かう。近所の人か郵便か。そんな予想を頭の中で立てていた私は、ドアを開けた刹那、石化したかのように動けなくなる。 「二日ぶりだな」 金髪巻き毛に相変わらず眠そうな瞳。 「え…、スパナ……?」 さすがに飴を加えたりツナギ姿ではなかったが、それは確かに私の上司、スパナだった。 (な、なんでスパナがここに…!?) 090221 |