見えるけど見たくないもの 怒っていた。 それはもう、普段の彼からは想像つかない程激しく。 そもそもスパナはあまり感情の突起が激しくない。表情はそれなりに豊かなのだが何分マイペースなせいか、彼が周りに与える印象は「機械以外に興味を持たない、ストイックな青年」なのである。 その彼が語気も荒く、自分に向かって激しい怒りを露わにしている――…白蘭はにんまりとほくそ笑むより他なかった。 「どうしたの? そんなに怖い顔で」 聞きながら、解っていた。スパナは白蘭の策略に感づいたのだろう。それについて怒っているのだ。 でも白蘭はあえて聞く。その方が面白いからである。 「僕、君に何かしたかな」 「………あんたの思い通りか」 「ん?」 「あんたが仕組んだんだろう」 白蘭は答えずに曖昧に笑った。 その態度も気に食わないらしく、スパナは更に声を荒げる。そしてはぐらかす白蘭に我慢出来ずスパナは白蘭に掴みかかった。 「助手子に、余計な事をいったのはあんただろ!!」 今改めて思い返すと、昨日の助手子の行動は不可解なものであった。しかしその時それに気づけなかったのは、ウチが動揺してしまったから。真に受けず流せばよかったのに余計なことを…沈黙を、ウチが守ってしまったのが悪かったのだ。答えないのは、言えないと肯定しているようなものではないか。 だが、助手子が何故あんなこと(なんで私を助手にしたの)を言い出したのか、その原因は明らかだった。 白狐、人を騙すのが大得意なボス、白蘭が促したのに違いない。 昨日の助手子を思い返すと、胸が塞ぐ思いになる。 「なんで、私を助手にしたの」 「あの時の言葉が気になった…って、でもスパナはまだ私に何も聞いていない」 「スパナが満足できるような答えが出なかったらどうするの?」 全て、もっともな問いだった。助手子は明確にしなかったけれど、それらの問いが示す言葉はひとつ、「本当に助手子はミルフィオーレにいる必要があるのか」ということ。 助手子がここへやってきたのは、些細な勘違い。助手子が助手になることが決まった日、その場の流れで彼女はミルフィオーレに入ることになってしまった。けれど、やはり助手子はミルフィオーレにいるべき人間ではない。ここに、マフィアの世界にいること自体が間違いなのだ。 あの時は「助手になるしか道がない」と言ったが、今はもう状況が変わった。 まだ間に合う。助手子ひとりくらいなら足を洗わせることは簡単。そもそも助手子は一般人なのだから元の日常に居た方が幸せなのだ――… それを解っていながらあえて考えないようにしていたのは、ウチの自己的な考えからだった。助手子が居た方が楽、仕事が助かる…楽しい、だなどと。 それが裏目に出た。 後回しにしていたつけだ。こうなる前に、助手子を逃がすべきだったのに。 ウチは、白蘭に掴みかかっていた。 ウチが助手子を助手にした理由…つまり助手子があのロボット展で口にしたこと、それは絶対に#ma,e#には伝えてはならないことだった。このまま忘れて、伝えないまま助手子はマフィア界から抜けなければならなかった。なぜならば、 「助手子チャンには、言えないんだよね」 「――!!」 それを知ってしまえば助手子はマフィア界から抜けられなくなる。ウチしか知らない重要機密、なのだ。 それを白蘭に利用された。隠し通すはずだったのに、逆手にとられてまんまと白蘭の策略に載せられた。 「言っておくけどね、スパナくん。僕は余計なことは言ってないし教えてないよ」 「…」 「ただ真実を言っただけ。でも…聡いあの子は、気付いちゃったかな?」 白蘭は全て解っていて、助手子の心を揺さぶり、誘導したのだ。 その狙いはわからない。 「何が、狙いだ」 「まぁ焦らないでよ」 白蘭はウチの腕を振り払うと、胡散臭い笑みを貼り付けたまま、ウチに書類を突き出した。 「これは、正チャンからの連絡。正式な書類だ」 「正一…から?」 「そう、正チャンには日本の新しい基地の設備を整えてもらっていたんだ」 正一、日本、それらが意味するもの。 白蘭はにやりと、愉快に笑う。 「ミローネ基地が完成した。よってスパナくん、君は来週から日本勤務だ」 最悪、だ。 日本に移動してしまえば、助手子を逃がす手段がなくなる。早く――…日本へ移動するまでになんとかしなければ。 ウチの心境を知ってか知らずか、白蘭は鼻歌まじりに去っていった。 (もう、時間がない) 090107 |