理由が欲しい




ふらり、と私の前に現れた白蘭さんは唐突に、「この間のイタリア観光はどうだった?」と尋ねた。
白蘭さんは不思議な人だ。常に胡散臭い笑顔を浮かべた、よくわからない人。本当はボス、と呼ばなければいけないのだろうが、何となく「白蘭さん」のままだった。白蘭さんは時折ふらりと現れて、私は話し相手にさせられる。


「楽しかったですよ」


笑顔を浮かべて素直に答えたのだが、それは彼の望んでいた答えではなかったようだ。彼は、意味深な笑みを浮かべたまま「そうなんだ、意外だなぁ」と私を見下ろした。


「何が意外なんですか」

「そもそも、君とスパナくんが仲がいいことが意外。大体、スパナくんは君をマフィアに引き込んだ張本人じゃない」

「それは事故のようなものだったじゃないですか」

「んー、でもスパナくんさ、助手とるの凄い嫌がってたんだよ」


君と会う前の話だけどね、と白蘭さんはさもおかしそうに言って、マシュマロを摘む。白いマシュマロを含んだ口が、なんの前触れもなしに言葉を紡いだ。


「なんでスパナくんは、君を助手にしたんだろうね」


――なんで、あの日スパナは私に声を掛けたのか。

実を言うと、ずっと気になっていた。何度も聞こうと思ったのに、結局それを口にすることは出来ていない。
私は…恐れていたのだ。
技術なんて全くな私を助手にしたのが間違いだったと、そう言われるのを。


「あの時の、言葉が気になってただけ」


助手になったときに、ぽつりとスパナは呟いた。私は自分が何を言ったのか、思い出せていない。でも多分凄く些細な疑問。私は特別なことは言っていなくて、でもスパナは何か勘違いして私に声を掛けた。
今更「間違いだった」も何もない。はじめから勘違いなのだから。
それでも、スパナと過ごしたこの1ヶ月。スパナに必要とされることが嬉しくて、助手として手伝いができるのが楽しくて、彼に疑問を投げかけられずにいた。


「不思議だよね。マフィアに引き入れるくらいだから、君が技術の天才なのかと思ってたんだけど」


何気ない様子の白蘭からそっと視線を外す。

そうだ。ここはマフィアで一般企業ではない。勘違い、のままではいつか身を滅ぼすかもしれない。


「スパナ君がどう思ってるのか、気になるだろう? 助手子チャン」


ぎこちなく頷いた私は、スパナと向き合わなければならないと、決意する。




(情けなく震える、脆弱な心臓を抱えた私は、スパナの部屋へと足を速めた。)

081217



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