僕の同室事情


ふとした瞬間に思い出しては、ついつい頬を緩めてしまう。忍者の三禁とはよく言ったもので、こんなに厄介なものだなんて今まで知りもしなかった。食堂で、実習中に、医務室で、寝る前に。思考の片隅にチラつくそれを、煩わしいなんて思えない。逆に、彼女の存在でいつもより頑張れる気がした。それ程に僕は彼女、夕子ちゃんを想うようになっていた。

夕子ちゃん、数日前に出会った女の子。明るくて、元気で、きらきらとした笑顔を浮かべているごく普通の町娘。今まで身近な女の子といえばくのタマくらいだったから、彼女の偽りのない澄んだ瞳は僕には酷く魅力的に映ったのだ。
あれから何度か一緒に町を歩いて、彼女への好感は深まるばかり。無邪気に甘味を頬張りながら、表情をくるくる変えて僕に話しかけてくれる。時には手を取って、はしゃぎながら色んな場所へ連れていってくれる。その全てが僕にとっては新鮮で、鮮やかだった。

とはいえ、僕は女装なのだ。町を訪れている本来の目的は、忍務をまっとうさせること。彼女との逢瀬は同時に、情報収集でもある。甘味に舌鼓を打ちながら周囲の雑談に耳をそば立て、町を回りながら動向を探る。きっと僕の行為は、彼女を騙していることになるのだろう。でもそれでも、僕は彼女と過ごしていたいと思ってしまう。だから辞められずにいた。ちゃんと忍務もこなしている。だから少しくらい夢を見てもいいでしょ、と。

例えば、夕暮れの空。もう帰らなくちゃ、と僕が口にすると彼女は決まって寂しげな顔をする。あんまりに悲しげだから、つい帰宅時間を遅らせてしまおうかと思う程。でも、気丈に「そうね、遅くなると危ないもの」と笑顔で手を振ってくれる夕子ちゃんがいじらしくて、そんな表情も素敵だった。
それを、忍術学園で夕日を見るたびに思い出す。そして、にやにやと頬を緩めてしまう。適度な間隔を開けての町への訪問が、待ち遠しくなっている。


「伊作、最近やけにご機嫌だよな」

「そうかな?別に、いつも通りだけど」


委員会や授業ではなるべく表情に出さないようにしているけれど、やはり同室の目は誤魔化せないようで。食満留三郎は僕を訝しげに見やる。これが始めてではない。近頃は日に一度は、同じようなことを問い掛けられる。


「あの忍務、まだ終わってねぇんだろう」


いつもはそのまま会話は流れるのに。更にそう続けられ、流石に惚けきれないかなと思った。


「・・・うん、実は厄介な裏がありそうでね」

「女装でしか接近できないとは、災難だよな。伊作もそんな実習、早く終えたいだろう」

「まあ、うん」


自然、歯切れは悪くなる。最初はあれ程嫌がっていたこの実習は、今は夕子ちゃんとの唯一の接点なのだ。できるだけ長く続けたい。しかし、学園の友人たちには彼女のことは黙っていたかった。それは三禁を冒しているという負い目から、こんなにも思い入れてしまっているという気恥かしさから、そしてちょっとだけ、彼女を知るのは僕だけでいいと言う独占欲の混ざった複雑な心境によるものである。


「その割にはやけに乗り気じゃねえのか」


だが留三郎は、中々に鋭い。かなり的確に勘づいていそうだ。どのようにはぐらかそうか、と内心で焦る。その時。


「女ものの巾着袋」

「!!!」


ピンポイントで指摘され、動揺してしまった。ああ、これは隠しきれない。追い打ちをかけるように、留三郎は続けた。


「ばればれなんだよ、お前。敵のくノ一にでも懸想したのか」

「そ、それはない!ただの町娘なんだよ、最初に行ったときに偶然会って、一目惚れしてしまったんだ!!」


・・・勢い余って全て吐いてしまう。言った後で、あっと後悔したけれど既に取り返しはつかない。呆気にとられる留三郎に、もうバレてしまったのだしと僕はすぐに開き直ることにした。


「とっても可愛い子なんだ!明るくて、優しくて、僕の不運も笑って許してくれて!」


今まで心の中に止めていた気持ちが次々と、言葉になる。そして懐から巾着袋を取り出した。できるだけ肌身離さず持ち歩いているこれを、どこかで見られてしまったのだろう。物に縋っているみたいで女々しくて、ちょっと恥ずかしかったけど、この際仕方ない。


「この巾着袋も彼女が僕にって見繕ってくれたものなんだ」


留三郎は目を丸くして僕の話を聞いていたが、しばらくして口を開いた。


「まさか、お前が恋に落ちるとはな」

「・・・うん、恥ずかしくて言い出せなくて」

「いや。あれだけ分かりやすい惚け方してたら、鋭いやつは気づいていると思うぞ」

「そうかなぁ。でも、黙っててくれると嬉しい」

「もちろん、言わないさ」


その言葉に少し安堵する。ずっと誰にも言えなかったから少し、気持ちが楽になった。けれど、彼は困ったように眉を寄せた。


「あー・・・でもあんまり肩入れするなよ。第一、お前女として会ってるんだろう」

「わ、わかってるよ」


痛いところを突かれる。それは僕自身、見ないようにしていた部分でもある。でも。


「大丈夫だよ留三郎、僕は彼女と接点があるだけでもすごく幸せなんだ。だから、別に女装でもいい。それでも彼女と過ごしていられれば、嬉しいんだからね」


言い聞かせるように、告げる。想うだけで、ほんのりと胸があったかくなる気がする。こんなに優しい気持ちになったのは、はじめてだから。


「恋ってのはそんな、綺麗でいられるもんでもねーとおもうけどな・・・」


留三郎の呟きは、黙殺する。
分かっている、このままじゃどうにもならないって。でも、どうしようもないじゃないか。いくらまだ学ぶ身だといっても、僕は忍者のたまごなんだから。陽だまりの似合う彼女とどうこうなろうとは、思えない。思ってはいけない。だから、女装で良かったとも思っている。だって、男としての欲を見せずに済むから。

でも、ちょっとだけ。現実逃避させてくれてもいいでしょう。


130325



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