私の職場事情 目的の人を見つけて、ひらりと木から舞い降りる。緩む頬をそのままに、ずいっと詰め寄って顔を見上げると、包帯に覆われた片目が驚いたようにまん丸く見開かれた。 「こんにちは!ご機嫌うるわしゅう、組頭!」 清々しく晴れ渡った青空の下、彼と私の纏った黒の忍装束は完全に浮いている。なんて野暮な格好なのだろう、これ。しかもキッチリ覆面までしてるとか。暑いし、見るからに忍者って感じで陽の下に出るには適さない格好だとつくづく思う。 でもまあ、これが仕事着であるし、この格好していると忍者スイッチ入る気がするのでいいけれども。 「・・・夕子?なんでここに居るの」 「はい!しばらく外回りの忍務なんですけど、定期報告で今日は戻ってました!」 「陣左。夕子って、こんな満面の笑み浮かべるような子だったっけ」 組頭は隣に立つ男と顔を見合わせる。陣左先輩だった。先輩は困ったように組頭と私を交互に見て言った。 「組頭の良さに突然気付いて惚れた、とか」 「え〜それはちょっと困るなぁ。流石に夕子は娘としか思えない。もうちょっと、こう、色気があったらな」 「ちょっと根拠の無い推測を組頭に教え込まないでくださいよ、先輩!!?」 根も葉もないような噂を立てられたらたまったものではない。誰が組頭に惚れるか。いくら尊敬する上司でもそれはない。だというのに、こちらを見下ろして残念そうにする組頭。この人は基本的に物凄く尊敬できる忍者なのだけれど、たまに遊びが過ぎるところがどうにも得意ではない。遊び道具として見られている、というか。 「夕子は先日からずーっとこうなんです。皆さん放っておいて下さって構わないので」 組頭に掴みかかろうとしていたところを、後ろから羽交い絞めされる。耳元で響く声は聞き覚えのありすぎるもので。 「あー居たんですか、兄上」 「なんだその残念そうな顔は」 「そんなことないです。あ、たまには家に顔出してあげてくださいよ、母上、寂しがっていましたから」 「・・・私だって帰りたい。組頭がちゃんと自分で自分のことをして下されば帰れるんだけど・・・」 ここで、改めて説明しようと思う。私はタソガレドキ城に仕える、タソガレドキ忍軍の一員である。 といっても、下っ端もいいところであり、本来は組頭なんかに直接意見を言えるような立場ではない。所属も、狼隊という火器を主に扱う隊であるし。ただ、私にはひとり兄と慕っている人が居て、その人が組頭の側近であるがために昔から個人的に親しくしていただいているのだ。 「あれ、今狼隊は別に動いてなかったと思うんだけど」 「組頭、あれですよ。黒鷲隊が困ってた例のあの密書の件、あれを夕子にやらせたらどうかって尊奈門が言うので今は諜報をさせてます」 「あ、そうだったそうだった」 組頭、雑渡昆奈門は高坂陣内左衛門――陣左先輩の言葉に手をぽんと鳴らす。その会話で、あの忍務が兄、諸泉尊奈門の差金だったと知る。本来ならば余計な進言しないでくれと言うところだが、今回に限ってはお礼を言いたいくらい。だって。 「それで。夕子は何を言いに来たんだ」 「よくぞ聞いてくれました組頭!聞いてください!お友達が出来たんです!!女の子の!!!」 勢い余って、組頭の忍装束を掴んで彼を見上げる。組頭は再び驚きに目を丸くした。気にすることなく、私はまくし立てる。 「普通の町娘なんですけれどね、丁度その密書の調査をしている最中に知り合って!近所に住んでいるっていうので、親しくしてもらっているんですけど本当に可愛い子で!いやあ彼女のおかげで諜報活動もスムーズだし、女の子の友達って本当にいいですよ!すごいでしょう!」 言い切った。満足である。こんな言葉では伊沙子ちゃんの素晴らしさは伝えきれないけれど。すると組頭は、感慨深げに私の頭に手を乗せた。 「――あの、友達が誰もいないといつも夜中に天井裏で泣いていた夕子が」 「そんなことはしてないです」 「良かった良かった、ほら陣左も褒めてあげなさい」 「・・・良かったな」 ちょっと、この褒められっぷりは予想外。流れで陣左先輩にも頭を撫でられる。いや、これはおかしい。確かに自慢もあったが、昔「夕子、同性の友達居ないのやばくない?」と組頭に言われたことへの当てつけだったんだけどなぁ。覚えてないのかな。 きっと今日は、組頭の右腕であり一番の常識人である山本陣内さんが居ないから、誰も組頭を止めることはできないんだ。組頭の周囲って、正直変わり者ばかりだから陣内さんは苦労していることだろう。 ただひとり、呆れ顔で息を吐いた男がいた。兄だ。 「おい夕子。お前って奴は、忍務中に何をしているんだ。たとえ簡単な忍務であっても気を抜くなって言っているだろう」 「気は抜いてないです。ちゃんと忍務もこなしています」 「だけど、お前なぁ、」 「まあまあ。夕子の諜報の働きには目を見張るものがあるって報告もあるくらいだからね」 組頭がフォローしてくれる。が、逆にそれは私が望まない方に話を転がしただけだった。 「やっぱり、狼隊より黒鷲隊の方が向いているんじゃないのか?次の人事移動、希望出したらどうだ」 「結構です!私、火薬とか気に入っているんで!狼隊のままでいいです!!」 ―――女の子だから。危ないし、忍者になるのはよしたらどうだ。 昔から何度も兄はそう言って私が忍軍に所属するのを反対してきたのだ。少々過保護なのである。 私は言って聞くような子ではないので、無理を言って入隊した。ちゃんと試験とかあったけどね。しかし年齢的な部分と色々な事情から、実は今は契約忍者扱いをされている。 「組頭。そろそろちゃんと、考えてくださいよ。私の正式採用について」 私だってもう十五歳になる。世間では成人年齢だ。それなりに実績も上げているし、胸を張ってタソガレドキ忍軍ですって、言えるようになりたい。 組頭は、誤魔化すように笑った。 「その町娘のお友達を見習って、少しでも女の子らしくなったら考えてあげよう」 「無茶をいう!!」 なかなか、人生はシビアだ。 130316 |