僕と一目惚れ


忍務に気を取られて失念していたけれど、女の子とこんなにも至近距離で触れあうなんて機会、これまでに僕にはなかった。

彼女、夕子ちゃんはこの町にしばらく滞在するらしく、友達が欲しかったといい僕の手を取った。彼女があまりに真剣に頼むものだから、女装中であるというのを忘れて頷いてしまった。…なんていったらいいのだろう。下心ありで僕は彼女の友達の座を手に入れてしまったのだ。


「この巾着袋、どうかな?」

「夕子ちゃんには、こっちの色の方が似合うんじゃないかな」

「じゃあこっちにする!」


夕子ちゃんは、明るくて気さくな女の子だった。あんまり眩しい笑顔を向けてくるものだから、色々勘違いしそうになる。落ちつけ。僕は今女の子だ。伊作ではなく伊沙子だ。落ちつけ。


「伊沙子ちゃんにはこの柄どうかな?ちょっと大人しめかもしれないけど」

「そ、そうかな。このくらい落ちついた色が好き、かも」

「やっぱり。じゃあこれは、私からのプレゼント」


可愛い、というよりも上品なイメージ巾着を手に取り、にこりと夕子ちゃんは言う。


「ええっ悪いよ。ぼ…私が払うって」

「いいのいいの。友達記念だもの」


と、少し強引に包んだそれを渡されてしまった。
それから一刻ばかり、僕は夕子ちゃんと町を見て回った。陽が暮れかかっていることに驚いて、別れを告げる。流石にこれ以上、帰るのが遅れたら皆も心配するだろう。でも、楽しかったのだ。女の子の振りは大変だったけれど、夕子ちゃんと居る間はすっかり時を忘れてしまっていた。


「伊沙子ちゃん、またね!」


夕子ちゃんに手を振り返しながら思う。完全に一目惚れ。あの時、友達になってくれと顔を覗き込まれた時から僕は彼女に参ってしまったのだ。おかしな話だけれど、僕の顔を真剣に見つめる夕子ちゃんに、この人しかいないと感じた。彼女は、特に目立つような美人でもないし、至って普通の女の子だ。どこが良いのかと、聞かれたら困ってしまうだろう。

(強いて言うなら、表情、かなぁ)

思い返しただけで、身体が熱くなる。あの一瞬でこんなに夢中にさせられるなんて、どうかしている。忍者の三禁とはよくいったものだ。でも、どうにもできない。どうにかしようとも思わない。彼女を想うのは、なんだかとっても楽しいことだった。
しばらく忍務は続きそうだし、彼女に会う口実ができる。不運な僕だけど、今回はとてつもなく幸運な忍務を引き当ててしまった。


130305



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