私と諜報忍務


ぽかぽか陽気の下を、店から店へと渡り歩く。昼下がりので出店には、可愛らしい小物や煌びやかな装飾品が立ち並び、道行く女の子たちの目を引きつけている。町娘たちは歓声を上げ、次々と品物を物色していた。
かくいう私もその中に居る。いつでも可愛らしく着飾りたい故に真剣に目を凝らしている――のではなく、品物を物色する振りをしながら店の奥を覗き見る。

私、逢坂夕子は忍者である。今はもある忍務の為、町娘に化けてこの界隈をうろついていた。決して周囲の女の子たちのように遊びにきているわけではないのだ。

なんでもこの町に数人のくノ一が潜入しており、今日あたりに密書の受け渡しがされるとか。それが、近年戦にて戦功を伸ばしつつある某城の重要機密に関わることらしいと、うちの城の諜報班が突き止めてきたのである。その密書の内容が抑えられれば、うちに有利な条件で戦の計画を立てることができるだろうというのが、上の見立てだ。
私は密書を抑える、まさにその役を負っているのだが、実は諜報班ではない。なのに何故このような役回りを請け負っているのかというと、今回の密書の受け渡し場所が理由だった。

――とある町の甘味屋で。

しかも、ただの甘味屋ではない。女性ものの店ばかり集まった市の中心にある甘味屋である。もしこの甘味屋に無骨な男が入り込もうなら、とんでもなく目立つ。とてもじゃないけど、男では無理だ。そこで白羽の矢が立ったのが、暇そうに屋根で寝転んでいた私だったのだ。

(いつもこんな忍務だったら、いいのに)

周囲に目を光らせながらも、つい思う。こんな暖かな陽の下で、振りとはいえ買い物を楽しむだなんて素敵な時間である。

化けるといっても、私は常日頃怠っている”女性らしい格好”に着飾って出てきただけだ。何箇所かに忍ばせた暗器を気にしなければ、立派なよそ行きスタイル。本当は、こんな風に町娘のようなこともしてみたいのだ。まあ、無理だってわかっているんだけれども。忍者の道を選んだのは私だし、決して易しくはないとわかっているから。
虚しいことを考えずに仕事しよう、と改めて辺りを見回す。


いた。


事前に教えられていた特徴にぴったりと合う女が、甘味屋のひとつ隣りの小間物屋に居るのを発見。チラチラと頻繁に通りを気にしている。あんなに分かりやすく動いちゃって、予想よりも件のくノ一とやらは素人かもしれない。私は自然な動作でそちらへ近付く。
と。女は通りをやってきた、浅葱色の着物の女と目を合わせる。そして、甘味屋に入っていった。

(これは、ドンピシャかな)

少し間を置いて甘味屋の暖簾を潜った。案の定、奥の席で二人額を付き合わせて何やら話している。あんなに分かりやすく密談だなんて、まるで疑ってくれと言われているかのようだ。
聞き耳を立てる。この距離なら、なんとかなる。


――書は?確かに本物か?

――ここに持ってきている。見ればすぐに本物とわかるだろう。

――だがこの情報、他の者に漏れている可能性はないのか

――わからない。どこぞの忍びが感づいていてもおかしくはないだろうが・・・


浅葱色の女は、店内を見渡す。私はなんとなしに茶を飲む振りをして、視線を逸らした。
どうやら浅葱色の女が密書を持っているらしい。


――では密書は予定通り・・・?

――ああ。例の場所で、あのお方に直接。


「・・・え?」


思わず、疑問符が口をついて出る。てっきり、今ここでやり取りが行われると思っていたのだ。諜報班は今日この場所の情報しか掴んでいない。例の場所とは、あのお方とは何だ。まだ他に、重大な計画が隠されているのだろうか。


――待てッ、今あそこの女、こちらを見ていなかったか・・・?!


突然、浅葱色の女がこちらにを振り返る。まずい、どうやら先程の声が聞こえていたらしい。浅葱色の女は存外優秀なようだ。私は咄嗟に目を逸らしたが、疑われているのは確かだろう。まだしばらくこの件は片付きそうにないのに、ここで捕まったら仕事にならない。

ふと、視界を癖のある髪が掠めた。すぐ隣りに座る町娘。この子、確かさっきかんざし屋で擦れ違った子ではないだろうか。


「ねえ貴女、さっきかんざし屋に居なかった?」


私は一か八か、彼女に話しかけた。少し大きめな声で、浅葱色の女の疑惑を晴らすように。どうにか話に乗ってくれと、念じながら少女ににこやかにほほ笑みかけた。


130504



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