僕と女装忍務


「ねえ貴女、さっきかんざし屋にいなかった?」


突然声を掛けてきた隣の女の子。思わずきょとんとしてしまったが、すぐに安堵した。その言葉に僕は、今まさに救われた。

大事な忍務中だというのに、いつもの不運で前を通った店員に足を踏まれ、声をあげてしまったのだ。よりにもよって、重要な会話がされている最中に。そのせいで、浅葱服の女が僕の視線に感づいてしまったのである。
だが、隣の女の子が話しかけてくれたお陰で、ただの町娘の振りを通すことができた。浅葱服の女は勘違いだと判断したのか、話は終わったとばかりに席を立った。僕は胸を撫で下ろす。実習と言えども、立派な忍務だ。しくじるわけにはいかない。


ところで僕、善法寺伊作は歴とした男だ。間違いなく、町娘なんかではない。その僕が何故今町娘に扮しているかというと、これが忍術学園の授業の一環、実習忍務だからだ。
忍たまも六年になると、外部の要請でプロ忍と同じように仕事を請け負うようになる。今回は幾つかの任務を、くじで割り振りこなしてくるというものだった。そして見事に引いてしまったのだ。唯一、女装しなければならないこの忍務を。

(女装なんて、六年にもなって誰もしたくないって)

仙蔵のように似合うのならまだ良い。というか、ぜひそういう人に請け負って欲しい。留三郎は僕ならまだ良い方だ、といっていたが町娘の格好はどうにも歩きにくい。ただでさえ穴にはまる、溝に落ちるという僕なのに、この格好で粗相をしない方が可笑しいというもの。

(でも何とか、情報を抑えることはできたか)

とある城の重要機密がくの一の間でやり取りされるという。その内容や関係者を炙り出してほしい、という依頼。直接の潜入などよりは危険度は低いものの、場合によっては厄介な展開にも成りえるものだ。

(後日、別の場所で別の者へと密書を渡す。その場をなんとか押さえないと…)

残念ながら、今回は簡単にはいきそうもない。何度か足を運ばなければならないだろう。女装で。
なんて不運、とこの先の事に溜息を吐いたら隣の女の子が申し訳なさそうに笑った。


「迷惑だったかしら。突然、話しかけちゃってごめんなさい」

「い、いやそういうわけじゃない…の。全然構わないわ。ちょっと考え事をしてしまって」


まずい、つい思いに耽っていた。取り繕うように笑い返す。


「貴女、一人で居るようだったからつい声を掛けてしまったの。私も一人で見て回っていたから。この辺りに住んでいるの?」

「ええと、ちょっと離れたところだけれど」

「そう!実は私、この町に来たのは今日が初めてだったの。この町のこと全然知らないから、良かったら案内してくれないかなって思ってしまって…」


その申し出に、ピンときた。この子と一緒に歩けば、不自然に思われることなく町を見て歩けるだろう。いくら女装していても、やはり僕だけではボロが出そうな気がする。その点、本物の町娘が隣にいたら上手く紛れることができるかもしれない。話しかけてきてくれた彼女を利用する、という部分に少し良心が痛むけれど。


「…詳しいって程じゃないけど。ぼ、いや、私でよければ案内するわ」

「本当?!ありがとう!」


彼女は嬉しそうに笑う。女の子の好きそうな店なんて、あんまり見たことないけれど。彼女がこの町を回るのがはじめて、というのならば誤魔化しは効くだろう。
もしかしたら、女の子ならではの目の付けどころとかあるかもしれないし。今回の相手はくの一だ。損はないと思う。


「ねえ、友達になってくれない?」


脳内で打算的な計画を立てる僕に、彼女は不意に真剣な声で問いかけた。それに、え、と顔をあげる。


「おねがい」


僕より白い手が、僕の手を握る。その体温にはっとする。至近距離で僕を見つめる彼女、その可愛らしさに今更ながら目を奪われた。


130305



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