私と彼女と男装 私は動揺していた。ものすごく。内心はとても複雑だ。喜べばいいのか、悲しめばいいのか。でもこんな厄介なことになっているのは、自身の身から出た錆――認めたくはないが、忍びとしては半人前の行動故のことだと、言わざるを得ない。 偶然、本当に偶然の再会だった。まさか私の唯一の女友達に、全く別の町で再会することになるなんて。他人のそら似かと思ったが、紛れもなく本人だということはすぐに分かった。 伊沙子ちゃんは、少し前に知り合った女友達である。もっと遠い町で、情報を探る為に潜伏していた最中に仲良くなったのだ。でも彼女は普通の町娘で、私は彼女に忍びだということを隠して彼女と友達になった。そして、別れの挨拶もできずに任務の終わりと共に町を後にしたので、それきりだった。 彼女とはもう再会できないかもしれない、とすら思っていたので、突然現れた彼女に動揺して冷静な反応がとれなかった。 そしてつい案内すると言ってしまった手前、無碍にできなくなってしまった私は、彼女の手を引きながら町を回っている。 「そこ、段差が危ないですよ」 「わっ……ご、ごめんなさい」 「いえ、お怪我はありませんか?」 よろけた彼女を支える。ぐっと近づいた距離に、伊沙子ちゃんは驚いたようにうつむく。赤らんだ彼女の頬ををみて、はっとした。――ああっ、今私男だった! 本当は女同士だから私は特に気にならなかったのだが、今の私は男。知り合ったばかりの男女としては近すぎる距離である。 「突然つかんで、失礼しました。お許しください」 「い、いえ!全然いいんです。助かりました」 身体を離した私に、彼女は赤くした頬をそのままに微笑む。良かった、嫌がられてはいないようだ。伊沙子ちゃんはおしとやかで物静かで奥ゆかしいので、男性経験はなさそうだ。だから、あんまり近づきすぎて吃驚させるのは良くない。そう思うと男として接するのは難しい。 伊沙子ちゃんと再会できたことは嬉しい。けれども、再会した私(逢坂)と以前会っていた私(夕子)は、別人として振る舞っているのである。まさか私が忍びであることを明かすわけにもいかない。彼女が可愛らしい娘さんであることは知っているけれど、初対面として振る舞わなければならない。しかも、初対面の男として。流石に一般人相手に気取られる程落ちぶれてはないはずだが、それでも逢坂と夕子の類似点に気づかれないように気をつけなければならないだろう。女と男との差はあるとしても、中身は同一人物なことには変わりないのだ。 考えて、はっとした。 ……いや、逆に今男だから夕子として接するのとは異なる風なアプローチができる?夕子として彼女と過ごしていた間は、あくまでも女友達として接していたのだ。 私の男装は我ながら完璧だ。そう、忍術学園で生活していてばれなかったのだ。だから、完璧な男として伊沙子ちゃんに認識されれば疑われることはほぼないのではないか。 そう考えたら、それしかないように思えてきた。大丈夫だ私、自信を持て、自信を!完璧で超紳士的な男になりきる!!! 心の中で決意を固めて彼女に向かい合った。 「伊沙子さんは、遠い町からこられたのですか」 「そ、そうなんです!突然奉公先の都合でこの町にくることになって。――逢坂、さんに出会えて良かった」 「……」 花の咲いたような、ふんわりとした笑みだった。…勘違いしそうになる。だめ、私は女。いくら可愛いからってときめいてもどうしようもない! もう、全ては彼女が可愛いからいけないのだ。こんなに可愛くって、そしてどこか危なっかしくて。こんなんで奉公先で変な男にちょっかい出されないか、すごく不安である。 そんなことを考えながらぐるりと街中を案内し終えて、私と伊沙子ちゃんは元の茶屋へと戻ってきていた。 「さて、伊沙子さん。こんなものなのですが」 一息ついて彼女の顔をのぞき込む。 伊沙子ちゃんも、私の言葉に案内が終わったことに気づいたらしい。はっとして急に、あわあわと顔色を変える。それから、私の手を掴む。急な行動にびっくりしていると、伊沙子ちゃんは声を上げた。 「わた、私、しばらくこの町で奉公が決まっていて…そのう……」 もじもじと、迷うように話し始める。とても可愛い。でもそれ以上に、掴まれた手がなかなか痛い。予想以上に強い力である。 伊沙子ちゃん可愛いっていう気持ちと、手が痛いからそろそろ離してくれないかな?という気持ちがせめぎ合う。それでも顔には出さずに彼女の言葉を待った。 「あのう……またあってくれないですか?!」 意を決したように言い放った彼女は、思わずぽかんとした私に、慌てて言葉を付け足す。 「あ、あの、差し支えなければですけどっ!この町に全然知り合いがいないので、知り合いがほしくて…!逢坂さんお忙しいとは想うんですけど!だ、だめですか?それとも、すぐお仕事でいなくなっちゃう、とか?」 「あ、い、いえ、私も仕事で此処には、しばらくは滞在予定です」 「そうかぁ、良かったあ」 少しほっとしたように、彼女はにこにこと嬉しそうに顔を綻ばせた。それから、再び私をじいっと見つめて、半ば叫ぶようにして彼女は提案を持ちかけたのだった。 「逢坂さん、お願いです。私とお友達になってくれないでしょうか?!!!」 ――本来ならば、こんなことをしている場合ではない。 私は今、怪我による遅れを取り戻す為に仕事に打ち込まなければならないし。こうして逢坂として伊沙子ちゃんに会い続けても良いことなんてひとつもないだろうと思う。彼女の為にも自分の為にも、変な縁は繋がない方が良いにきまっている。 だというのに。 「わ、私でよければ」 つい、彼女の熱意に負けてうなずいてしまった自分は、まだまだ甘いとしか言いようがない。 それにしても、私の手にくっきりと残った彼女の指の形に、よほど友達が欲しくてたまらなかったんだなあ、頑張りやさんだなあと、彼女への好感度は増すばかりだった。 160430 |