組頭と保健委員長


夕子を忍術学園に置いたのには、それなりの理由がある。ひとつではない。複数の理由だ。
彼女を忍術学園に止め置くことになった成り行きは、もちろん、偶然のことだった。あの時夕子は事実、死にかけていた。火傷と毒は厄介である。タソガレドキ城まではあまりに遠い。敵対といいつつも、近頃懇意にしている忍術学園が側にあって、雑渡昆奈門もほっと胸をなでおろした程だった。
しかし結果から見れば、これは必然だったのかもしれないと思わざるを得ない。今回の忍術学園での生活は、夕子に関してのあらゆる問題を、一気に進められる結果になりそうだった。

(それにしても――面白いことになったものだ)

ひと月近く放置した夕子の様子を見に来た男は、期待以上の進展に気分は上々である。夕子自身は勿論のこと、彼女は周囲にも大いに影響を及ぼしたらしい。下から自分を見上げる馴染みの保健委員長の顔色に、包帯の下で思わずにやりと表情を歪めた。


「雑渡さんには悪いけれど、僕は彼とは分かり合えない」


木の上にいる雑渡を、下から見上げる善法寺伊作の顔色は、悪い。いつも朗らかな彼がこんな表情を取ることは珍しい。ちなみにこの木の上から学園の中は見通せるものの、塀の外に植わっているためこの学園の事務員が飛んでくることはない。

校庭を歩いていた伊作に、声を掛けたのは雑渡の方だった。雑渡自身が此処にくるのは久方ぶりであるが、部下たちから様子は逐一入っている。夕子がどのような状況にあるか、またこの保健委員長と何があったのかは把握済みである。

夕子は中々に奮闘しているらしい。性別は上手く隠し通せているようだし、学園内にも馴染んできているとのことだった。タソガレドキ忍軍でもやや浮き気味の彼女にしては、よくやっている方である。けれども、その行動全てが学園の者に受け入れられるかどうかは、また別の話であった。


「どういうことだい」

「どうもこうも…彼とは根本的に、考え方が違いすぎます」


伊作の言わんとしていることは、雑渡にははっきりとわかっている。それでもあえて問うのは、この反応が見たが為であった。どうにも、彼は構っていて面白い。
伊作は夕子の行動そのものを忌避しているのである。何かを成す為ならば、自らを犠牲にすることをも厭わない姿勢。それは彼女が此処へ運ばれることになった怪我の際にも、ついこの間起きた事故の際にも言えることだ。
命を軽んじているわけではないのだろう。夕子は忍びとして、若いながらも"できる方"である。無謀と勇気の違いもわかっている。それでも直らない彼女のどうしようもない悪癖とも言えるものなのだった。


「あれはね、元からそういう忍びだよ」

「でも!僕は!」

「関係ないんだろう?嫌いなのならば、」


伊作の言葉を遮り、雑渡は言い放つ。伊作ははっと目を見張り、悔しげに顔を歪めた。その様子に雑渡の笑みは増す。


「…其の割には伊作君、随分と苦しそうだよねえ」


唇を噛みしめて彼は足元を睨みつけている。反論もできないのだ。気に食わない、自分には合わない、関わりたくない、そう言いつつも気にしてしまう自分の矛盾を持てあましている。
――若い。善法寺伊作も、逢坂夕子も。
青臭い悩みに頭を悩ませる若者を見ていると、なんだかむず痒くなる。そしてつい、手を出したくなる。要するに、魔が差した。


「仕方ないさ。あれは人に心労を掛ける才能があるからね。兄のことは知っているかい?」

「…ええ、忍術学園中が知ってますよ。諸泉さんでしょう」

「そうそう。尊奈門はいつも逢坂を気に掛けてる。どこぞで勝手に命を落とすのではないかと、兄としても気が気でないらしい。見る度に小言を掛けてる姿を見るとね、よくやるなと私も感心していしまう」


何でもない風に、雑渡は言葉を吐きだした。


「あれと尊奈門に、血の繋がりなんてないのにね」


伊作の瞳が大きく見開かれる。口を開き掛け、しかし言葉にはならなかったらしい。じっとこちらを凝視する彼の視線に、雑渡は気付かない振りをした。
もとより、伊作と夕子をどうにかしようとは思っていないのだ。ただ面白がって、たまにちょっかいを出すくらいがちょうどいいのである。

伊作と男装した逢坂が互いに苦手意識を抱いていようが。女装した伊作と夕子が、どこかすれ違った親しみを互いに抱いていようが。知ったこっちゃないのだった。


愕然として言葉を失う伊作を残し、雑渡は学園を後にする。
逢坂が任務終了の連絡を受けてタソガレドキ忍軍に復帰したのは、それから数日後のことだった。


150531



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