私と決別


この男が嫌いだと、単純に思った。

崖から落ちた私が目覚めると、そこは忍術学園の医務室だった。私の意識は、宙へ投げ出された浮遊感の中で途切れている。ここまで運ばれてきた私は、彼に手当されたらしい。
どうやら幸いにも、大きな怪我はないようだった。無意識に受け身を取っていたのだろう。それを聞いて、ほっと息を吐く。だが。


「君は何を考えているんだ!?」


彼、善法寺は私に説教を始めたのだった。
とりあえず、聞いた。なるほど、善法寺の言い分は正しい。確かに私があの時に死んだら、私が助けた川西という少年はそれを負い目に感じて傷つくだろう。何事も命あってこそなのだと。

しかし――私は忍びだ。忍びである自分に誇りを持っている。
だから自分が必要とされている場では、命を掛ける。当然のことだ。それの何が悪いのだ。それが忍びのあるべき姿ではないのか。
私が忍びでなければ、善法寺の言い分は全面的に正しい。だが、私が忍びとして生きている以上、彼の考えに頷けやしないのだ。

だが、きっと。
彼への苛立ちはそれだけが原因ではない。

――こんな男が、組頭の……。

ちらりと掠めた思考。
善法寺のことは、以前から間接的に話を聞いていたのである。忍びに向いていない忍たま。それなのに、組頭のお気に入り。
改めてそれを思い返し、胸が疼いた。




それから、数日後。
怪我の経過を見るからと、再び善法寺と顔を合わせた。


「ねぇ、逢坂。この前僕が言ったこと、良く考えてくれた?」


包帯を巻きなおしながら、口を開いたのは善法寺だった。この前、とはあの説教のことだろう。あの時、かなり冷たくあしらったというのに、彼は懲りてないらしい。


「ああ、よく考えた」


渋々、私は答える。


「善法寺の考えは、尤もだ。――だけどそれは、私が忍びでなければの話」


私の言葉に一瞬ほっとしたような顔をした善法寺は、後半を聞いて表情を引きつらせた。


「お前のその優しさは、忍びには必要のないもの。…善法寺が言うように、世の中は甘くないんだよ。それはまだ、実践を知らない未熟者の考えだ」


容赦なく続けた私に、善法寺は眉根を寄せ、唸るように反論する。


「僕は…確かに君に比べたら経験は薄いよ。でも、だからといって実践を知らないとは思わない。忍びだとしても、命を疎かにしていいとは思わない」

「だからそれが甘いと言っているんだ」

「でも――雑渡さんだってそう思っている筈だよ。だから君をここへ、運んできたんじゃないのかい」


…引き合いに、組頭を出された。そのことに、一瞬で頭に血が登った。


「お前とは、分かり合えないようだな」


考えるより先に言葉が出ていた。だが、それは何よりも私の本心だった。
黙って立ちあがり、背を向ける。もう治療は終わった。これ以上、ここに居る必要はない。


「…残念ながら、僕もそう思うよ」


戸を閉める直前、後ろから追いかけるように投げかけられる。
私はこの時、彼がどんな顔をしていたのか、知らない。


140506



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