僕と説教


彼が目を覚ましたのは、それから一日半も経過した後のことだった。


「僕が原因なんです…逢坂さんは悪くないんです、僕がうっかりしたから…」


涙ながらに訴え出たのは、委員会の後輩である川西左近だった。
二年生は裏裏山で実技実習があったらしい。それ自体は簡単なもので、常ならば怪我などしようのない内容のものだ。だが、夜の実習、数日前の雨という条件が重なったのがいけなかった。結果、左近は油断し脚を踏み外して崖へ投げ出された。それを救おうと飛び出した逢坂が身代わりに落下したのである。

(回復しているとはいえ、まだ逢坂の脚は万全とはいえない状態だった筈だ)

もう引き摺ってはいないし、痛みもないと言っていた。でも忍びは、身体の細部にまで神経を走らせることで器用な行動を可能にするのだ。もし今の彼が完全に回復していたのなら、左近を助けて自身も落ちずに済んだ筈である。
勿論左近を救ってくれたことは嬉しいし、感謝の気持ちでいっぱいだ。落ちたのが左近であったら、助からなかったかもしれない。逢坂は最低限の受け身を取っていたので、打撲もそう大したものではなかったのだ。意識を失ったのも、頭を軽く打って脳震盪を起こしたから。幸運なことに、高さのある崖から落ちたにも関わらず、大事には至らなかった。

(でも彼のやり方は――許せない)

僕の脳裏に浮かんだのは、初めてここへ運ばれてきた逢坂の姿だった。火傷を負い脚を毒にやられてぐったりとした彼の姿が、意識を失い運び込まれた彼に重なった。
確かここへ運び込まれることになったのも、自分の身体を顧みない彼の行動が原因だったと聞いた。そう、彼はいつもそうなのだ。自分の身体はどうでも良いというような態度が、その振る舞いの端々に見られる。

(それは駄目だ。自分を犠牲にするのを当たり前ともし思っているのならば、それは許せない。自分で自分を蔑ろにするなんてそんな――)

――もしかしたら、あの背中の傷跡もそういった行動の結果なのではないか。若くして、あのような酷い怪我、忍びでも早々あるものではないだろうに…。

だから僕は、目を覚ました逢坂を思わず感情的に、怒鳴りつけてしまったのである。


「君は何を考えているんだ!?」


彼の体調を確認し終えて、責めるように言葉を重ねる。はっきり言っておかなければ、また彼は繰り返す。だから言わなければならないと、気持ちが急いた。


「左近を救ってくれたことには感謝する。でもね、逢坂。左近が助かっても、もし君が死んでしまったらいけないだろう。左近だって自分が助けた相手が死んだら心に大きな傷を負うことになる。人を助けようっていうその心は素晴らしい、でももっと君は自分を大事にするべきだ!僕は、君がこれ以上傷を負うのをみたくない。それは僕だけじゃなくて、君の家族や仲間だって同じように思っていることだろう?!」


逢坂は、じっと僕の言葉を聞いていた。ひと通り言い切り、僕は肩で息をした。しばらくの沈黙の後、もう僕の言葉が続かないことを確認したのか、彼はゆっくりと顔を上げる。ようやく、唇が開いた。


「善法寺は、とんでもなく優しいやつなんだな」

「…え?」


逢坂の声は言葉とは裏腹に、とんでもなく冷え切っていた。低い唸りに似た音に、はっとして彼を見つめる。


「お前に、私の行動を制限されるいわれはない」


その瞳は、今までの比ではない程の拒絶、そして嫌悪を孕んでいた。



140330



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