僕と懐疑心


逢坂の負傷は、順調に回復しつつあった。
日に一度、逢坂は医務室へやってきて足の包帯を変える。彼の毒剣で負った傷は、その毒は抜けつつあるとはいえ下級生に処置させるには少し難しいものである。だから彼の怪我を診るのは、必然的に僕か新野先生と決まっていた。


「じゃあ、見せて貰っていいかな」


夕暮れ時にやってきた彼に促す。
負傷しているのは左の脚である。彼は忍び足袋を脱ぎ、袴の裾も膝まで捲り上げ、しっかりと巻かれた包帯をほどいていく。露になる白いふくらはぎ。変色した傷口はまだ痛々しい。僕はそこへゆっくりと触れ、おもむろに、その箇所をぐっと指で押した。


「どう、まだ痛む?」

「…痛みはないが、感覚はまだ戻らない」

「そうか。傷自体はもう殆ど塞がりかけているんだけどね。まだ毒の後遺症で痺れが残っているみたいだね」


一番最初の治療の時に、毒は全て吸い出した。だから、あとは傷が塞がり感覚が戻るのを待つだけだ。ただ、それは毒剣の傷に関してであり、全身に負ったであろう火傷や打撲が、まだ彼がプロの忍者として働くことを妨げるだろう。

膿止めの薬を塗る。流石、タソガレドキ城で忍者をしているだけあり彼の脚はバランス良く筋肉が付いていた。だが、それでも細い。逢坂は全体的に細すぎだ。同い年と聞いたが、彼は体格では四年生と同等くらいなのではないか。やはり成長期は、これからなのだろう。どの彼の身体のパーツを取っても、大人の男らしさというものは感じられそうもなかった。


「そういえば仙蔵に聞いたよ。今度六年実習を見学するんだってね」

「ああ。立花が山田先生に掛け合ったようだ。明日、見学を許可する代わりに審判に回ってくれと言われた」

「審判ならまだ安心、かな。でも無理は禁物だよ?木登りくらいはもう出来るかもしれないけど、それでも歩くときにまだ足を少し引き摺っているでしょ」


彼はこの数日の間で、随分と生徒の中に溶け込んでいた。最初の警戒するような姿は嘘のように、この頃はすっかり忍術学園の一員といった様子である。
切っ掛けは、逢坂の兄が尊奈門さんだと分かったことだった。尊奈門さんは生徒たちも馴染みの忍者であったし、まだ若く雑渡さんよりは取っ掛かりやすい忍者だ。だから、彼の弟だと知れたことで生徒側の警戒が少し薄れたのだ。

逢坂の方も、依然としてぶっきらぼうで愛想のない態度ではあるが、前に比べたら表情は緩やかである。そうなってしまえば、早い。好奇心旺盛な下級生を中心に、現役のタソガレドキ忍者と語り合いたいというのが生徒たちの本音だ。あれよあれよという間に、逢坂は時の人となった。

(でも僕にはいまいち、まだ彼に警戒されているような感覚が拭えない)

あの仙蔵や文次郎、長次らも気やすく逢坂と話すようになっている。だから心配する必要はないと思うのだが、どうしてか僕に対しての彼の態度は他の誰に対してよりもぎこちないように感じている。

それに注意深く見れば、僕に対してだけではなく彼はある程度の距離を皆から置いていることがわかる。彼は忍術学園の人達との間に引いた線を、絶対に越えない、越えさせないようにしているようなのだ。
だから未だ、得体のしれなさが拭えない。彼がどんな人間なのか、僕は掴みきれていないのだ。


「怪我というのは治りかけが一番怖いんだ。油断しているとまた、悪化してしまうからね」

「わかってる。全く、善法寺は心配症だな」


忍び足袋を履きながら彼は、苦笑するように表情を緩ませた。傍から見ればなんて打ち解けたのだろうといった風なのだろうか。
だがやはり逢坂の瞳は、冷たく警戒する色を孕んでいた。





「気にしすぎかなあ…」

「どうだろうな。そう言われてしまうと、確かに逢坂は俺たちから一線引いているようにも感じるし、あいつと比べたら雑渡昆奈門の方がまだ表情豊かだからな」

「やっぱりそう、だよね」

「だけど、あいつも歴とした忍者だろう。仮にも敵地だ。馴染みたくないと思ってるんじゃないのか」

「うーん…そうなのかもしれない。最初に比べたら全然、良好な関係だしねぇ」


同室の留三郎も、逢坂とはもう何度か話したらしい。道具管理についてタソガレドキ忍軍のことも教えてもらったのだと、興奮したようすで聞かされたのはついこの間のことだ。


「でも、良かった。伊作のいい気分転換になったみたいで」

「え?」

「いや…伊作、ほら落ち込んでいただろう。例の、女装での忍務で、さ」


言われ、すぐにピンと来る。夕子ちゃんとのことである。僕は彼女に周囲から三禁を疑われる程惚れ込み、そして繋がりが絶たれたことで酷く落ち込んでいた。その矢先に逢坂が学園にやってきた。


「……今彼のことを気にしているのも、夕子ちゃんのことを考えないようにしているだけなのかもしれない。たぶん、これは逃げなんだ」

「…そうか」

「でも、彼の治療をしていて改めて気付いたこともある。やっぱり僕は、人を助けたい。僕にはそれが性に合っているんだと思う」


過ぎ去ってしまったことを、いつまで悔いても仕方ないのだ。今の僕の目標は、無事逢坂を完治させることだ。その為に、今は全力を尽くせばいい。
そう、必死に自身へ言い聞かせた。




その夜のことである。
逢坂が意識を失った状態で、医務室へと運ばれたのは。


131017



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