私と警戒心 「私は六年い組の立花仙蔵だ。こっちは潮江文次郎。よろしく」 差し出された手を取るか、一瞬迷った。組頭が一部の生徒と親しいとはいえ、タソガレドキ城と忍術学園は敵対している。だから、警戒こそされ歓迎されるとは思ってはいない。 朝、食堂へ向かう途中で私を呼びとめた二人組は、制服の色から善法寺と同じ六年と分かった。組は違うらしい。綺麗なストレートヘアの方は、私の反応を見る前にさっさと自己紹介をしてもう一人の渋い顔をしている方をこちらへ押しやる。 試すような二対の視線。私は、静かに言葉を返した。 「逢坂だ。しばらく世話になる」 「伊作から話は聞いた。足を怪我したんだってな、歩くのは問題ないのか?」 「ああ」 「実技はまだ無理なのだろう。だが今度の六年演習には見学に来るといい。私もお前から見たアドバイスが聞きたい」 「…それは、先生方が決めることだ」 ストレートヘアの方――立花仙蔵は、私の淡泊な返答や結局握らなかった手に気を害した様子はなく、明るい表情で頷く。しかしもう一方、潮江文次郎と紹介された男はじろりと私を見下ろし、吐き捨てるように言った。 「ハッ。聞いた通り、愛想のねえやつだな。細っけえし、タソガレドキ忍者っても下っ端の下っ端っていうのも本当らしいな」 「……」 「逢坂、気にするな。文次郎は雑渡昆奈門に何度か煮え湯を飲まされていてな、お前のことも警戒しているんだ」 立花の説明は最もだ。私のような異物が学び舎に紛れ込んだら、当然、潮江のような反応をするものだろう。私はそんなこと分かっているし、気にもしていない。だって、私の方もかなり警戒しているのだ。 (互いにそうしていれば、殆ど関わらずに終われる。それが最適、なんだけれど) 綺麗な笑みを浮かべる立花を厄介に思う。警戒すべきは、私を逆恨みしているらしい潮江ではなく、立花の方だ。この男、目は全く笑っていないしどうにか私の化けの皮を剥がそうとしているのが明らかだった。 (忍たまといえども、六年ともなれば立派な忍者。あなどるなんてことは、できやしない) そもそも年も私と変わらない。私は実戦を積んでいるといっても、きちんと学んでいない部分も多い。だから、彼らと私はほぼ同等のレベルだと考えて良いだろう。 (決して誰にも、心を許してはならない。弱みを握られるわけにはいかない) 食堂へ案内してくれるという立花の申し出を辞退し、私はその場を離れた。 忍術学園でのはじめての授業は、土井半助という若い教師の受け持つ一年は組の中で行われた。土井は、忍者というよりも”先生”といった方がしっくりくる人物で生徒にもよく慕われているらしい。 「彼は、タソガレドキ忍軍の逢坂くんだ。暫くの間忍術学園に居ることになり、今日は一緒に授業を受けることになった!皆仲良くするように!」 土井の言葉に水色で井形模様の制服に身を包んだ生徒たちは素直にはーいと返事をする。というか、敵の忍者に対して仲良くするように、は無いのではないだろうか。しかし生徒たちもあまり気にすることなく、次の瞬間には目を輝かせて私へと突進してきた。 「逢坂さんタソガレドキなんですか?!」 「何歳ですかー?」 「怪我してるんですよね、伊作先輩に聞きました!」 「なめくじさんは好きですかー?」 一斉に問いかけられ、言葉に詰まった。わらわらと群がる子どもたちに、どうしたら良いのかわからない。一切私を警戒しないこの子たちにも、止めようとしない教師にも。 硬直した私に、苦笑交じりで助け舟が出される。 「おいおい、落ちつきなさい!今日は手裏剣の使い方をおさらいするので、ちゃっちゃと道具を持ってくる!」 「はーい」 その一言で彼らはすぐにばたばたと駆けていく。呆気にとられる私に、土井は生徒たちの後ろ姿を眺めながら微笑む。 「すまないね、あの子たちは好奇心が旺盛で。吃驚しただろう」 「いえ、私こそこういうの、慣れてなかったので」 「大丈夫だよ。うちの子たちは良い子だから」 きっとすぐに仲良くなれるよ、と朗らかに笑う彼に呆れを通り越して感心した。聞いていた通り――いや、それ以上に彼は“先生”であるらしい。忍者としてはともかく、感心される人格者であることは確かだと感じる。 「土井先生」 なるほど、これは私の方もよく考えて行動しなければならない。今朝、立花と潮江に対して警戒しなければと思ったばかりなのに、早くも調子が狂わされた。子どもは嫌いではない。可愛いとおもう。でも敵地だ。上級生は、喰えない。 ――組頭も、随分厄介な課題を出してくれたものだ。帰ったら絶対、文句を言ってやる。 「いつも兄が大変お世話になっています」 とりあえず、それだけは言っておこうと思った。彼が私を受け入れようとしている分、私も距離を取るばかりではいられない。 勿論土井先生は、突然のことにきょとんとしてたけれど。 130908 |