僕と彼の古傷


いけないものを見てしまったような、気がしていた。
用事があったのは本当の事だったのだ。逢坂に伝え忘れたことを思い出して、僕は彼の部屋を訪ねたのである。声は掛けた。けれど了承を待つことなく戸を開けてしまった。それが良くなかった。

(あれは、たぶん古傷だ。それも随分昔の)

戸を開けた瞬間に飛び込んできたのは、上着を脱ぎこちらに背を向けて座っていた彼の姿。恐らく、火傷の治療をしていたのだろう。逢坂自身に断られてしまったこと、雑渡さんにも当人にやらせるように言われたこともあり、火傷に関して僕は彼に薬を渡すだけだった。
酷いのは脇腹あたりのようだったので手が届かないこともないだろうと思い、雑渡さんに従った。その判断は、逢坂が僕を警戒していたからのものだと思っていたけれど。

(もしかして、あれを見られないようにと雑渡さんは配慮して?)

彼の背中には――それは大きな傷があったのである。右肩から左脇に掛けて袈裟斬りざっくりと、刀で斬られたようだった。それだけではない。酷く焼け爛れていた傷口。まるで縫合する手間を省き、傷口を焼くことで無理やり塞いだかのような。そのせいで、余計醜く目立つ傷となっていた。
古傷であるということは一目瞭然であり、もう痛むことはないのだろうと思った。だけれど、そのような怪我を同年代の彼が負っているということに、僕は動揺していた。

(仕事で・・・忍務で負ったものだろうか)

忍たまである僕らも、授業や実習の過程で傷を負うことはある。運が悪ければ死ぬ可能性だって。けれども、余程のことがないかぎりあれ程の傷を負うことはない。

(それだけじゃない、今回の怪我もそうだ)

逢坂は毒剣を打たれ、火傷を負ったまま、雑渡さんの元へ走ったのだと聞いた。今回の火傷だって、すぐには消えないだろう。垣間見たあの古傷のように、痕が消えないまま残るのかもしれない。
僕より小柄で、上着を脱いだらより小さく見えた彼の背中。そこへまた消えない傷が増えると考えたら、少しだけ心が痛んだ。





夕飯の後、僕たち六年は集まって額を付き合わせていた。
理由は勿論、タソガレドキ忍軍から暫く預かることになった逢坂のことだった。実際に接した僕と留三郎から、皆が話を聞きたがったのである。

僕は医務室で見聞きしたことを、彼らに伝えた。留三郎も自分なりに彼の印象を話す。それを聴き終えた他の四人は、口々に意見を出した。主に、逢坂を見張ろうという内容のものだ。いくら学園側が許可を出したとはいえ、得体の知れないタソガレドキ忍者をすぐには信用できないということである。


「皆にひとつ、言いたいことがあるんだ」


僕は皆の顔を見渡して、そう切り出した。彼らの意見に概ね僕も、賛成。雑渡さんと親しくはしているけれど、やはりプロの忍者だ。逢坂の僕に対する風当たりの強さも、少し気になるところではあるから、味方であるとはいいきれない。けれども。


「逢坂を見張ったり探ったりするのは必要だと思うよ。僕らも忍たまなんだから。でも、限度も儲けるべきだと思う。――彼が部屋で休んでいる時だけは、見張るのをやめようよ」

「な・・・お前はあの忍者を、野放しにするっていうのか?」

「危険じゃないのか。伊作に対しても敵対心を露わにしているんだろう」

「野放しにするとか、信用するとか、そういうんじゃないよ。確かに彼はまだ得体が知れないし、調べる価値はあると思う。でも彼はタソガレドキ忍者といっても僕たちと同い年なんだよ。敵地に一人放られて、辛くないわけないでしょ」


あからさまにタソガレドキを敵視する文次郎、彼の僕に対する態度を見ていた留三郎は納得できない様子だ。だけれど、これは譲れないことだった。


「だから、部屋を覗くのは禁止。戸を開けるのも、彼の許可をもらってからにしてくれ」

「伊作。それは保健委員長としての判断か?」


黙って聞いていた仙蔵は、ひとつ、静かに聞いた。真っ直ぐな視線は、探るように僕を射抜く。


「保健委員長として・・・そして僕個人が、そのほうがいいと思うんだ」


今述べたことは全て本心からのこと。嘘偽りはない。でもどうしてそこまで強く主張するのかというと、別の理由が無きにしも非ず、だった。
――なによりも。あれは見られてはいけない傷なのだ、と何故か強く思ったのだ。


130815



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