私と心配事


(なにこれ、泣きたい・・・)

それが私の率直な心境だった。
本気で今すぐ帰りたい、どんな戦場への忍務を言い渡された時よりも絶望的な気分だ。忍術学園に暫く逗留と聞いた瞬間、一気に血の気が引いた。でも仕事柄、ポーカーフェイスは得意。だからきっと、忍たまの生徒たちは私のことをとても無口な、あるいは警戒の強い忍者として認識したと思う。だけれど内心は、どれだけ叫び出したいのを我慢したことか。

何故私がこんなにも動揺しているのか。それは、この忍術学園への滞在が暗に組頭より言い渡された私への忍務だったから。先程案内されたこの部屋は、生徒たちが暮らす”忍たま”長屋。”くのいち教室”ではない。・・・つまり私はしばらくの間「逢坂」として、男として生活を送らなければならないということなのである。

私は忍務中、姓である逢坂を名乗る。これは忍者として公私を分ける為、そして男装している私が女だと気づかれない為の二つの意味を持つ。
私はタソガレドキ忍軍に、くのいちとしてではなく、忍者として所属している。それには色々理由もあるのだけれど、兎に角そういう事情だから仕事中に相手に侮られない為にも男装と変名が義務付けられいる。

私が目覚めた医務室で、組頭は私のことを「逢坂」と呼んだ。もしこれがタソガレドキ領地であったなら、きっと夕子と呼ばれただろう。だから、すぐにピンときたのだ。未だ、仕事は続行中であると。

(山本さんも私を逢坂と呼んだから、間違いなくこれは試されている)


私はここ暫く、タソガレドキ忍軍への正式な入隊を希望している。そしてそれを渋っているのは組頭こと雑渡昆奈門その人なのである。だから彼は、私を試すつもりなのだ。


――忍術学園への滞在中、性別くらい隠して過ごせ。それくらいできなければ正社員になる資格などない、と。


私は今まで、タソガレドキ忍軍でしか働いたことがない。だから今回、全く異なる環境に置かれることで様子を見ようというのだろう。もしここで私がヘマをしたら、それこそ組頭に体の良い断り文句を与えてしまうことになるのである。

(だから、なんとしても男のまま通さなきゃならない)

ぐるりと部屋を見渡す。たまごといっても、ここで生活をしているのは皆忍術を学ぶ者だ。天井、床下、壁・・・どこから見られていても可笑しくない。常に敵地だと思って気を張っておかなければならないだろう。

私は早速、誰にも覗かれていないことを確認し袴の帯を解いた。上着、中着を脱ぎ胸に撒いた晒しも取ってしまう。
手に持たされた小瓶を開ける。火傷に効く薬だと聞いた。組頭が火傷の治療を私にさせるよう言ったのは、性別を偽るため。いくら声色を変えても、仕草を変えても、服を脱いだらバレてしまうから。

(大事はないけれど・・・結構、火傷もしたか)

ちょうど右脇腹のあたりが一番酷いようだ。
慎重にそこへ薬を塗り、包帯を巻き付けようと手を伸ばした時だった。


「逢坂、さっき言い忘れていたことがあっ――」


戸が勢い良く開いた。
そこから顔を覗かせたのは先程案内してくれた、保健委員長の善法寺だ。私は咄嗟に胸元へ手をやる。幸い、戸に背を向けていたので私はなんでもない風を装うだけで良かった。


「・・・何か」

「ご、ごめん!!!」


上着を脱ぎ去った私の背中を呆然と見つめていた彼に声を掛ける。自分でも驚く程冷たく無機質な声だ。善法寺はハッとして、焦って戸を閉めて去っていった。

(あの角度からだったら多分、女だということは分からなかった筈。でも、余計なもの見られた)

初日の、開始直後でこれである。どうやらこの学園生活、一筋縄に行きそうもない。
前途多難な我が身に、私は深い溜息を吐いた。


130807



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