僕とタソガレドキ忍者


さて、どうしたものか。
後ろを歩く小柄な忍者に、こっそりと息を吐いた。学園長先生の突然の思いつきやハプニングは慣れたものだけれど、今回の騒動は中でもとびきりのものである。

結局。あの後、学園長先生と数名の先生がタソガレドキ忍者の山本陣内さんと共に医務室へやってきた。そして宣言したのだ。タソガレドキ忍軍に所属する逢坂を、足の怪我が治るまで忍術学園へ仮入学とする、と。
そして保健委員長であり雑渡さんと親しいという事から、僕は彼の世話係に任じられてしまったのだった。


「ええと、逢坂。忍術学園に来るのは初めてなんだよね?」


そういって振り返ると、逢坂は僅かに頭を上げて頷く。彼は僕よりも頭一つばかり、背が低い。年は同じと聞いたので、一般平均と比べても低い方だと思う。最初に毒を抜いた時も、手足の細さに驚いたものだ。筋肉はほどほどに付いてはいるが、同い年の男子としては頼りない印象が強かった。

(もしかして、栄養が足りていない?)

いくら他人とはいえ、彼の世話を任された保健委員長として気になる部分ではある。しかし、彼は既にタソガレドキ忍軍で働いているようだし、食うに困っているわけではないだろう。すると、遺伝的に小柄な質なのだろうか。成長期が遅く、これからくるのだとも考えられる。忍者としては、小柄は利点でこそあれ、欠点にはならないだろうから彼自身は気にしてないかもしれない。


「今から案内するのは忍たま長屋。僕たちは学年ごとに長屋で生活をしている。君には空いている僕たち六年長屋の一室を使ってもらうよ。授業のことはまだ聞いてないかな?」

「明日は、土井という教師の元へ指示を仰げとは言われている」

「土井先生は一年は組の教科担当をされている方だ。僕ら上級生には殆ど座学はないから、君は座学は下級生のクラスに出てもらうことになる。でも実技の授業は、上級生の見学をできると思うよ。今は身体を動かさない条件でね」

「・・・わかった」


逢坂は無口なのか、あまり話しはしなかった。いや、警戒しているのかもしれない。突然上司に学園への残留を言い渡され、放置されているのだから無理もない。表情もどこか硬く、僕に対しても半ば睨みつけるような視線を送っている。
それにしても彼は、中々可愛らしい顔立ちをしていた。最初に掴みかかられた時は大層気性が粗い忍者なのかと思ったのだが、覆面を取った素顔はまだ幼さが目立つ。仙蔵のように特別整っているわけではない。だが、人を寄せ付けまいとしている表情でさえ、不思議と可愛らしく思えてしまう。

(こんなこと言ったら、怒るだろうなあ)

いくら可愛らしくとも、彼は男で忍者なのだ。それも、僕たちよりも早くから実践を積んでいる。あの咄嗟に押さえつけられた時の反応の素早さ。きっと、文次郎や留三郎あたりは手合わせをしたがるだろうと思った。


「伊作。そいつが、タソガレドキの忍びか?」


噂をすればなんとやら。背後から掛けられた声に振り向けば、留三郎が居た。逢坂が運び込まれてきた一件は既に学園中に知れ渡っているらしい。


「そうだよ。逢坂には、これから暫く六年長屋で暮らしてもらうんだ」

「六年は組の食満留三郎だ。伊作と同室で、用具委員長をしている。よろしくな」

「・・・よろしく」


無愛想に僅かに頭を下げただけの逢坂だったが、留三郎はあまり気にしていないらしい。それよりも、と声を忍ばせて忠告を口にする。


「気をつけたほうがいいぜ、逢坂。いくら正式に許可があったとはいえ、お前がタソガレドキの奴だっていうのは知れ渡ってんだ。上級生にはお前らに煮え湯を飲まされた奴が多いからな、恨みを持ってるのだって多いのさ」


留三郎の言うことは尤もだった。もしかすると、嫌がらせのようなものを受けるかもしれない。流石に手負いの逢坂に戦闘を持ち込むようなことはないだろうが、警戒は必要だろう。


「でも逢坂、安心して。僕はできる限り協力するからね」


黙ったまま答えない彼に、僕も言葉を重ねる。
すると逢坂は視線を僕に真っ直ぐ向けると、攻撃的に言い放った。


「結構だ、慣れている」


それから、背を向ける。


「善法寺、助けてくれたことに関してはとても感謝している。でも、それ以上はいらない。必要以上に私に関わらないでくれ――ここまでの案内、ありがとう」


そのまま振り返ることなく、片足を引きずるようにして逢坂は指定された部屋へと入っていった。長屋の、僕たちの部屋のすぐ隣りだ。しかしぴったりと閉ざされた戸は、完全にそれ以上の関わりを拒否していた。


「伊作でも、タソガレドキ忍者に拒絶されることってあるんだな」


驚いたような留三郎の言葉に、僕は生返事を返す。人に嫌われることが今までなかったわけではない。彼が僕を気に食わないことも有り得ることだ。
でも留三郎の言うとおり、ここまではっきりと拒絶されるだなんて思ってもみなかったのだった。


130715



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