私と忍術学園


組頭の表情はいつも包帯と覆面に隠されて分かりにくいが、それでも長年の付き合いともなると、微妙な笑顔の違いもなんとなく察することができる。
にゅう、と細められた片目に浮かんでいるのは愉快な出来事への期待ばかりではない。組頭の、他人を困らせて楽しむ底意地の悪さが見事滲み出ているのだった。

忍術学園。私自身は関わりを持ったことはなかったが、その存在については十分に聞き及んでいる。
忍術を学ぶために集められた子供たちが、数年かけてみっちりと能力を身につける寄宿制の学校。そこに居る生徒たちは忍者のたまご――忍たまと、呼ばれているのだとか。タソガレドキの領地からは少し離れたところにある為、身近にこの忍術学園の出身者や関係者は居ない。けれども近年の忍者界において、この忍術学園の出身者という肩書きは十分なステータスであるようだ。

私がこんなことを知っているのは、うちの組頭とその側近たちが最近やたらとこの忍たまたちに肩入れしているから。きっかけは園田村の一件だったという。あの時、忍者隊は村への関与を一切しないと組頭は突然宣言した。そしてその原因が、組頭が世話になったという忍たまにあると。それからというものの、事あるごとに組頭とその側近は忍術学園に関わっているらしい。狼隊に属する私にはよく分からないが、隊内にその噂が蔓延しているということは相当な頻度なのだろう。

はっきりと言おう。私は、それをあまり良く思っていない。確かに子供は可能性かもしれない。でもだからといって、一応は敵対する組織――忍術学園へ軽々しく、組頭が入れ込んでいいわけがない。

そんな印象ばかり持っていたものだから、私はここが忍術学園と聞いて、安心するどころか妙に肩へ力が入ったのだった。


「――組頭、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」


転がされた布団から身体を起こし、傍らにしゃがむ組頭へ頭を下げる。まだ彼の装束は汚れたまま。あの合戦場から私を担ぎ、本当に直ぐに運び出してくれたらしい。怪我を負い、情けなくも敗走し、この様。あまりに情けなくて唇を噛み締める。
それから、私は組頭の奥に居る先程の青年に視線を移した。


「手当て感謝致します。御蔭で救われました、ありがとう」

「いえ、良かったです。でも応急処置をしただけなので、他の傷もちゃんと治療しないと。今ちょうど火傷を診させてもらおうと思っていたんです」

「悪いが、それはお断りします」


あたふたと薬箱に手を伸ばす青年に、私ははっきりと拒否を示す。先程無理やり押さえ込んでしまったせいか、私の言葉に彼は反論はしない。ただ、困ったように眉尻を下げた。
確かに他の傷――主に火傷、は放置しておくと跡になるだろう。でもそれより今は、早く城へ帰りたかった。どうにも見慣れないこの部屋は、居心地が悪くて仕方がない。
しかし組頭は、立ち上がり掛けた私をまたもや布団の上へ押しとどめた。


「逢坂、まだ辛いんだろう。無理したところで当分帰れないんだから寝てなさい」

「は・・・?」

「伊作くん、この子は警戒心が強くてね。少しは手当の心得もあるから、すまないが薬だけ分けてやってくれるかな。火傷の手当は自分でするだろう」

「は、はい!」


青年は直ぐに棚に向かい、塗り薬らしいものを手にした。それから、いくつかの包帯や濡れた手拭いなど、丁寧なまでに細々と準備をしてくれている。その手際の良さには、目を見張るものがあった。
けれども私は、正直それどころではない。聞き捨てならない言葉を、聞いた気がしたのだ。


「組頭、帰れない、とはどういうことですか」


聞き間違いでありますようにと願いながら、恐る恐る、尋ねる。けれども、未だに笑みを貼り付けたままの組頭に、私の希望はあっさりと打ち砕かれた。


「言葉通り、お前はここに残れ。絶対安静だっていうんだからね」

「な・・・意味がわかりません!」

「折角だから、暫くこの学園で学ばせてもらいなさい。今、陣内を学園長殿の許可を取りに行かせている」


既に決定事項であるらしい。愕然とする私に構わず、話は続く。


「何も、急に決めたことじゃない。少し前から考えていたんだよ。お前は一度本格的に忍術を学んだ方がいい。もし本気でタソガレドキに勤めたいと思うなら、尚のことだ」


確かに、筋が通った話ではある。
私は一通りの忍術を会得し既に狼隊で働いてはいるが、きちんとした忍者の教育を受けたわけではないのだ。ほぼ独学と兄上たちの真似事。実践に強くても、きちんと知識を有してはいない。
でも、だからといって忍術学園で学ぶだなんて。


「承服しかねます!」

「流石に転入とはいかないだろうから、怪我が治るまでの一時的なものだ。その足が完全に治ったら帰っておいで」

「組頭!!?」

「伊作くん、逢坂のことをよろしく頼むよ」


言いたいことだけ言うと、組頭はさっさと立ち上がり何処へか姿を消した。私の方など見向きもしない。いつもこうだ、あの人は私の話をきちんと聞いてはくれない。あとの処理は山本さんや陣左さんに任せる気なのだろう。


「あの、逢坂さん。兎に角今は落ち着こう、きっと先生が直ぐに来てくださるから」


奥歯を噛み締め腰を浮かせたままの私を、青年は優しく諭すようにいう。改めて座り直し、彼を見やる。
松葉色の制服は、一体何年生だろうか。頭巾から覗く柔らかそうな前髪、少しつり目がちの目にどこか見覚えがある気がした。


「僕は善法寺伊作。保健委員会委員長です」


優しげな笑みを浮かべる青年の、その名前にあっ、と思った。
この男、組頭の例の恩人だ。



130620



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