私と敗走の痛手


脳内がぐつぐつと、沸騰しているような気分だった。身体中が火照り、少し動かすだけで激痛を伴う。まるで水の中を動いているような、自由の効かなさに苛立ちと焦りを感じた。
思考は混乱し、焦点は定まらない。警報のような頭痛に苛まれ、赤い火花の所々散らばる歪んだ視界の中で必死に目を凝らす。ドクドクと鼓動が五月蝿い。確かにこの時私は、死を間近に感じていた。

そんな最悪のコンディションの中、誰か見知らぬ奴がこちらに手を伸ばしてきたことに気づく。まだ死にたくない。死ねない。こんなところでやられてたまるか。だから咄嗟にそいつを押さえつけ、首元へ苦無を突きつける。




確か、私は合戦場にいたのだ。
あの町娘に扮した諜報忍務が終わり、帰還してすぐのこと。小規模ではあるが合戦が始まるという支持が出て、私は本来の持ち場である狼隊に戻ることになった。合戦は、火器を中心に使用する狼隊にとって待ちに待った晴れ舞台である。
第一志望であった狼隊に女の身でありながら入れたことは、本当に幸運なことだった。そこでは私は、女として扱われなかった。ひとりの忍者として、働くことができた。
それでも私は体力をはじめとしたあらゆる面で、他の仲間たちからは遅れをとっている。だから戦場の待っただ中に配置されるよりは、遠方からの狙撃役に当てられることが主である。今回も例に漏れず、合戦場をよく見渡せる高台に場所を確保した。

この時、戦の流れは五分五分。今回は無理に勝つのが目的の合戦ではない。タソガレドキ城にとっては引き分けで十分、相手の戦力を測り、揺さぶりをかけることができれば上出来なのだ。
私はというと、のちの残しておくと厄介になりそうな武士や、怪しげな動きをする忍びに焦点を絞って狙撃をしていた。殺す必要はない。暫く長引く怪我を負わせればそれでいいという指示である。既に手馴れた肯定。ただ淡々と仕事をこなす。

その時だ。
突如背後で爆音が響き、はっとしたときには銃弾が肩を掠めていた。私は即座に身を翻し、見えない敵に目を凝らす。まだ火縄銃の煙が上がっているはずだ。そちらを警戒しつつ懐へ手を差し入れ――。

私は動揺していた。慣れた仕事だと、油断していたのが裏目に出たのだ。またもや背後に意識がいっていなかった。だから、別の方向から焙烙火矢が投げ込まれたことに、気づくのが遅れた。

急所への怪我は防いだとはいえ、全身に火傷を覆った姿は酷いものであった。相手は複数人であるらしい。自分ひとりで挑むのは無謀。背を向けるのが危険だと分かっていても、私に残されたのは逃げることだけだった。向かう先は、タソガレドキ忍軍の待機している陣営地である。この先の開けた場所に、組頭とその側近たちが居る筈。

途中、脚に鋭い痛みが走る。手裏剣が打たれたらしい。でも足は止めない。この状況で、動きを止めたその時こそ自身の最期だろう。
片足を引きずりながらも走り抜けた先に、ようやく見覚えのある忍び装束を見つける。私は情けない姿でその中へと飛び込み、見慣れたその背中に飛びつく。


「逢坂・・・?!」


包帯の巻き付いた顔を確認して、安堵し―――


そこから、意識はない。




ようやく、意識がはっきりとしてくる。揺らぐ視界の向こうに、見慣れない顔。
私が今腕ずくに押さえ込んだ男は、まだ年若い青年のようだった。驚いたように目を見開き、私を見つめている。忍び装束を着てはいるが、戦う気はまるでないようだ。癖のある前髪が柔らかそうだと、思った。


「逢坂、苦無をしまいなさい。ソレはお前の命の恩人だよ」


響いたその声が組頭のものだと判断し、寸でのところで苦無を止めた。命の恩人ということは、私はあれから助けられここへと運ばれたのか。見覚えのないここは、室内のようだ。戦場独特な、火薬や土埃そして死臭が混ざったような嫌な匂いがしない。代わりに香るのは清潔な、薬草を煎じたようなもの。
しかし呼ばれた名は、夕子でなく逢坂の方。それは、ここがまだタソガレドキの陣地ではないという暗に伏せた情報である。


「大人しくしていなさい。たった今お前は、絶対安静を言いつけられたところなんだから」


素早く近寄ってきた組頭に身体を掴まれた。そして無造作に、私の身体は再び仰向けに布団へと転がされる。


「ここ、は・・・?」


ようやく絞り出した声は酷いものだ。きっと煙を吸ったから。男装の時は意識して低めの声を出すようにしているが、今はそんなことをしなくとも、私の性別は分からないだろうと思う。


「忍術学園だ」


見慣れない天井を背景に、組頭の顔が私を見下ろしていた。その片目はさも楽しげに細められ、私は思わず身構える。この表情の組頭に、私はろくな思い出がない。
とてつもなく、嫌な予感がした。


130602



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -