僕と緊急治療


医務室に到着した途端、酷い匂いが鼻を掠める。慌ててその原因へ目を向けると、部屋の中心に黒い装束の人が転がっていた。それを取り囲むようにして、保健委員の面々が座っている。その中のひとりが僕に気づき、困ったように僕を呼んだ。
慌てて駆け寄る。敗れた服の隙間から、爛れた皮膚が見えた。


「酷い火傷だ・・・一体、これは・・・?」


その忍服は、忍たまのものではない。頭巾や覆面で覆った顔も、見知ったものではないように思えた。しかし体つきは小柄で、年は自分たちとあまり変わらないだろう。どこかの忍者であることは間違いないのだが、それが一体どうして此処にいるのだろうか。
とにかく、すぐに手当をしないと。慌ただしく立ち上がる。その時、背後から声が掛かった。


「すまない伊作くん。それ、私が運び込んだんだ」

「ざ、雑渡さん・・・!?ではこの人はタソガレドキ忍軍の方なんですか?」

「そう、私の部下。少し離れたところでちょっとした合戦があってね。その時にこいつがやらかして」


振り返った先には、黒い忍服を纏い全身を包帯で覆う男。一見近づきがたいこの男は、しかし顔なじみである。
雑渡昆奈門。タソガレドキ忍軍組頭。タソガレドキ城と忍術学園の関係は微妙で、表向きには敵対している。しかし僕と雑渡さんとは個人的に関わりがあり、希にこうして話すこともあった。それでも、常に協力関係というわけではない。用も無く彼が忍術学園にやってくることもない。その雑渡さんが、此処にいる。ただごとではないだろう。

雑渡さんは僕の答えを待たず、自然な動作で膝を突き、部下という人の袴をふくらはぎのあたりで破いた。


「火傷は大したことはないからいい。問題は脚に刺さっているそれだ、伊作くん、なんだかわかるかい」

「これは――毒剣ですね」

「そうだ。しかも厄介なやつでね、すぐに解毒しないとこいつの脚は使い物にならなくなるだろう。解毒薬に持ち合わせがない上に、城まで持ちそうにない。だから、無理を承知でここに運び込ませてもらった」


こちらを見上げる片目には、真摯な色が滲んでいた。それから、律儀に下げられた頭。


「すまないが、助けてやってくれないか」


タソガレドキほどの大規模な忍軍の組頭が、簡単に頭を下げて良い訳がない。それも、助けを求めたのは敵対している忍術学園だ。まだ一人前ですらない、忍たまに向かって助けてくれと懇願するその姿は真剣そのもの。たったひとりの部下を救うために、大将が頭を下げているのだと思うと、胸が熱くなる。


「分かりました、尽力しましょう」


元より、怪我人を追い出すだなんて真似は僕にはできないのだ。二つ返事で了承すると、雑渡さんは安心したように肩を落とした。



慎重に手裏剣を抜き、傷口を洗う。解毒剤を投与し、包帯を巻いた。出来うる限りで毒は吸い出したので恐らく、最悪の事態は避けられただろうと思う。


「暫く、後遺症が残りそうです。歩行に支障が出るかもしれないので、できるだけ安静にしてもらってください」

「また、助けられてしまったね」

「構いません。それより、部下さんが大事なくて良かった」


とはいえ、まだ毒の処理をしただけだ。爛れた肌や無数の切り傷なんかはそのままである。こちらもしっかりと手当しないと跡が残ってしまうだろう。


「次は火傷の方ですね」


言いながらその人の服に手を伸ばしたその時だった。触れる直前で、僕の腕が掴まれる。他でもない、手当をした部下の人だ。見れば、重たそうに瞼が持ち上げられておりその瞳は僕を捉えている。


「ああ、目が覚めたみたいだ。気分はどう、」


刹那。突然強い力で腕を引かれたと思ったら、僕の身体は床に叩きつけられていた。器用に身体を捻って僕に馬乗りになる体制を取るその人。首筋に構えられた凶器。覆面の奥から伸びる眼光が僕を射抜く。息を呑む。純粋な殺気をまっすぐに当てられ、喉の奥が引きつったように声が出せなくなる。


「逢坂、苦無をしまいなさい。ソレはお前の命の恩人だよ」


のんびりとした雑渡さんの声が、場違いに響いた。


130519



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