私と待ちぼうけ


日暮れと共に、忍び装束へと着替える。久々に纏う黒の装束はどこか重々しく、そしてひんやりとしていた。けれども、嫌な気分ではない。闇に紛れるこの姿は、私の忍者としての感覚を少しずつ覚醒させていく。

今夜の丑三つ時。それが私の抑えた密書のやり取りの日時である。どうやら、浅葱服の女が全ての関係者をつなぎとめる役目をしているらしい。彼女を調べているうちに出てきた情報だ。確かだろう。

(あとは密書の内容を、できるだけ詳細に把握するだけ)

目前に迫った出口に最後まで気を抜かないように息を詰める。それは同時に、この諜報任務の終わりを告げていた。

(だからこそ私は、伊沙子ちゃんに言ったのだ)

明日の午前中に待ち合わせをしようと。私がこの町を離れる前に、彼女にもう一度会っておきたかった。詳しい話はできないし、今後会える保障はないけれどこの忍務の最中、私は何度も彼女の存在に救われたのだから。最後はしっかりと、けじめをつけたい。

(ちらほらと、他の忍者の気配もあるわね)

予想範囲内である。少し離れた木の上や草藪の中、建物の陰に見え隠れする気配。私も彼らと同じように、木の陰に身を潜めて様子を伺う。
しばらくして、夜陰の静けさの中に僅かながら足音が聞こえた。その場に現れたのは、三人。浅葱服の女、初日に見たもうひとりの女、そして反対側から現れた笠を被った女だった。
どこか奇妙な三人だ。すぐにその理由に思い至る。

(くノ一は、浅葱服の女だけだ。あとの二人はこういうことに、慣れて居ない)

ただし笠の女は、立ち姿が立派でありどこぞの武芸者といった体だった。格好は、良家のお嬢さん風である。

(かんざし屋は笠の女とゆかりがあると聞いた。あれはきっと武家の女だろう。浅葱の女が密書を持っているということは、例の城のくノ一。もうひとりは・・・)

その時、浅葱の女が懐へと手を入れる。
笠の女が浅葱の女に近づき、耳元で何事かを囁いた。




日が昇る頃には宿に戻ってきていた。そのまま、眠りはせず静かに荷物を詰める。欲しい情報は手に入れることができた。ひと月ばかり滞在したこの町も、今日で見納めである。元々持ってきた荷物は僅かだ。それでも、いつもよりは多い方。宿に備え付けられた鏡台の中を覗き込む。自分の町娘姿も、これきり。

夕方に仮眠は取ったものの、一晩中起きていた分疲労は感じている。それでも私は疲れた顔をしないように気をつけて、いつもの甘味屋に移動する。ここは伊沙子ちゃんと何度も訪れた場所。

(伊沙子ちゃん、こないなあ・・・)

彼女を待つ間のしばしの休憩。出された茶を啜りながら、静かに目を閉じる。

私も一人前の忍者。こうして一人前に忍務を任され、こなし、城へ情報を持ち帰るなんてことは朝飯前だ。私は忍者になりたくてタソガレドキ忍軍に入った。後悔なんてしていないし、する資格もない。それなのに。

(ちょっとだけ、寂しく思ってしまうのは何故だろう)

こうして、陽の下で可愛い服を着て甘味屋で舌鼓を打って。なんてない会話をしながら店を回って・・・とても、楽しかったのだ。伊沙子ちゃんとの時間を無くすことを、私は惜しいと思っている。

(やっぱりここら辺が納め時。これ以上、ここには居られない。私は、忍者だから)

結局、時間が許すギリギリまで待ってみたものの彼女が現れることは無く。
そしてそれきり、私が伊沙子ちゃんに会うことはなかったのだった。



130506



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