僕と待ち合わせ


探していた浅葱服の女を見つけたのは、本当に偶然のことだった。呉服屋で見かけた時には顔がはっきり見えなかったので、ピンとはこなかったのだ。しかし次にかんざし屋に居るのを見たときは確実にあの浅葱服の女だと確信した。
その時、あまりに突然の発見だった為に驚いて凝視してしまい、少し夕子ちゃんに不審がれてしまったのは失敗だった。でも同時に、僕と一緒に首を捻った夕子ちゃんが、団子屋の女将さんに色々聞いてくれたおかげで町に流れる噂も知ることができたのである。

(つい、利用するような感じで町を連れ回してしまっているけれど・・・この件にあんまり夕子ちゃんを関わらせない方がいいんだよね・・・)

仮に僕が今回の件を調べていると知られてしまい、ただ同行していただけの彼女まで忍者だと疑われてしまったら。夕子ちゃんは、ただの町娘だ。僕の居るような忍者の世界には関わらないで居て欲しい。それに、夕子ちゃんに惚れてしまった男として彼女を守りたい気持ちもある。

(彼女自身は女将さんの話にも興味なさそうにしていたし、これ以上関わらないでいてくれそうだけれどね)

本当は、こうして会うのもやめた方がいいかもしれない。その方が確実に彼女を守れるだろう。
・・・そうは、思うのだけれど。


「私、伊沙子ちゃんとお友達になれて良かったとすごい思うわ」


ぎゅう、と思い切り手を握って囁いた夕子ちゃんに、僕は言うまでもなく上がってしまった。至近距離で見つめる彼女は一層可憐で、くらくらしてしまう。ああ、本当に恋って恐ろしい。やっぱり、彼女と会わずに居るなんてできそうもないのだ。学園の同級生たちに知られたら、馬鹿だと罵られるだろう。三禁を、思い切り犯している。

(・・・忍務をこなせられれば問題はない筈だ)

実際に、浅葱服の女の発見によりかなり事態は好転している。その後の調べで、数日後の丑三つ時に浅葱服の女が動くらしいことまで掴めた。十中八九、密書のやり取りである。相手はかんざし屋にゆかりある者らしい。
浅葱服の女、もうひとりの女、かんざし屋と呉服屋、そして取引にやってくるというくノ一。それらがどういった関係を持った集団なのか、まだ全く見えてこない。だけど、取引の現場を抑えられればきっと明らかになることだろう。

(だから、大丈夫。僕は無事に忍務を達成して――そうしたら、夕子ちゃんに・・・)


「危ない!」


慌てたような声と、唐突に手を引かれたことで我に返った。強く引かれたせいでバランスを崩して倒れそうになる。しかし、上手く身体を支えられ、なんとか転倒せずに済んだ。
見れば、夕子ちゃんが僕を支えるようにして背中に手を回している。彼女の視線の先には、超特急で去っていく馬―――たぶん、馬借便。どうやら、ぼうっと歩いていた僕に向かって暴走した馬が突っ込んできたらしい。いち早く気付いて避けさせてくれた夕子ちゃんが居なかったらどうなっていたのか、考えたくないことだった。今日も不運は絶好調だ。


「良かった〜、びっくりしたね」

「ぼうっとしてて、ごめん!夕子ちゃん、怪我は?!」

「大丈夫。・・・ちょっと、かすっただけだから」


夕子ちゃんが笑顔で軽く振った手に、僅かなかすり傷を見つける。どうやら僕を引っ張り過程で、どこかにぶつけたらしい。じわり、と僅かに滲む血に僕は焦った。


「だ、駄目だよ!薬を持ってるから、すぐに手当しよう!」


そのまま、遠慮しようとする彼女に強引に治療を始める。といっても、化膿止めを塗るくらいしかできなかったのだけれど。
夕子ちゃんは、とても面倒見がいい女の子だ。僕の不運を笑ってゆるしてくれるだけでなく、不運によって起こる事故をできるだけ未然に防ごうとしてくれる。それは有難いし凄いことなのだけれど・・・それ故に、厄介事にまきこまれたり今回のように怪我を負いかけたりと、ハラハラさせられる部分もままあった。


「伊沙子ちゃん手当の手際がいいわね。見惚れちゃった。よくこういうことするの?」


薬を塗り終えて彼女の腕を離した僕に、夕子ちゃんは感心したように声をあげる。


「ええ、まあ・・・なんとなく、こういう機会が多かったから」

「へえ。でも本当に凄いと思った。手当、ありがとう」


そう言って、にこりと笑った彼女に僕は横に首を振りながら俯く。ずっとは直視、していられない。薬を持ち歩いていて良かった。数々起こる不運でさえ、こうして彼女と触れ合えるきっかけになるのなら嬉しい。心臓が早鐘を打ち、胸が苦しくなる。ああ、どうして僕は女装しているのだろう。忍者なのだろう。分かっていたはずなのに、こうして隣に居ても“騙している”感覚に、心の奥が焦れる。


「あのね、伊沙子ちゃん。ひとつお願いがあるんだけれど」


不意に、夕子ちゃんが真剣な声で言う。顔を上げて彼女を見つめると、夕子ちゃんは声を潜めて言った。


「次の待ち合わせの日時、私が決めてもいい?」


そういって彼女が指定したのは、丁度取引が行われる次の日の午前中。夕子ちゃんが僕に何かを頼むのは、これが初めてのことだった。



130506



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