私と情報入手


「あっ」


伊沙子ちゃんの焦ったような声に振り向くと、彼女が何かに躓いて地面に倒れそうになっているところだった。私は咄嗟に彼女の隣に移動し、抱きとめる形で支える。どうやら地面に落ちていたものを踏んづけて足を滑らせたらしい。
伊沙子ちゃんは体制を整えると、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ごめんね、夕子ちゃん・・・!重かったでしょう・・・!」

「そんなことないよ」

「でも私、運が物凄く悪くていつもこういう目に会いやすくて・・・夕子ちゃんにも迷惑かけちゃってるよね・・・」


確かに、伊沙子ちゃんは頻繁にドジを踏む。いや、ドジというよりも運が悪いというべきか。足を滑らせたり踏み外したり、ぶつかったりとにかくそういう事故が多い。しかも、彼女がぼんやりしているというわけではなく、本当に偶然から起きる事故ばかりだった。

(うーん、そういうの引き寄せる呪いにでもかかってるのかな)

思わず、ちょっと考えてしまう。有名な神社でも紹介した方がいいのかな。
でも、彼女の心配は無用だ。確かに伊沙子ちゃんの事故にまともに巻き込まれていたら、かなりの被害を被るだろう。でも私は普通の女の子じゃない。忍者だ。だから、多方の事故は今みたいに未然に防ぐことができる。
しょんぼりと肩を落とす伊沙子ちゃんの肩を叩く。私よりも少し高い位置にある瞳が、不安げに揺れた。


「気にしないで伊沙子ちゃん!」

「で、でも」

「でもじゃないよ。私はこのとおり怪我してないんだし、友達のことを迷惑だなんて思わないよ」


私がそう言うと、彼女は頬を赤らめて小さく頷いた。やだ、涙ぐんでる。伊沙子ちゃん超かわいい。そうなのだ。彼女の仕草や反応がいちいち可愛くて、多少の困難は許してしまうのだ。これが女子力ってやつかな。羨ましい。

今追っているくノ一が伊沙子ちゃんのようだったらいいのに、なんて下らない考えが脳裏をよぎる。

追っているくノ一、すなわち以前探った時に浅葱色の服を来ていた女である。実は、調査の方はかなり詰んでいた。浅葱の女がなかなか尻尾を出さないのだ。それどころか、姿を隠してしまったのだ。

(このままじゃ、組頭のところ帰れないし)

あの浅葱の女が伊沙子ちゃんくらい派手にドジを踏んでくれたらこちらの仕事も楽になるというのに、ままならないものである。でも、そんなことあるわけがない。伊沙子ちゃんのような子が、くノ一なんかやっていけるわけないもの。

(だから可愛いんだけどね)

と、伊沙子ちゃんがなにやら真剣な顔で私の背後を見つめていた。その表情が、意外にもキリっとしたものだったので驚いて問う。


「どうしたの、伊沙子ちゃん」

「いや、あの、えっと・・・大したことじゃないんだけれど」


彼女は一瞬言葉を濁す。しかし小声で、教えてくれた。


「・・・あの人、ちょっと不思議だなって思って。さっきは呉服屋さんで働いていたのに、今はかんざし屋さんで働いてるから。それだけ、なんだけど」


言われて彼女の示す方を見ると、一人の店員が暖簾から顔を出していたところだった。その人相に、私は思わず目を見開いた。

(あれは浅葱色の女・・・!)

今までどこを探しても見つからなかった女である。私はすぐに、お茶を持ってきてくれた団子屋の女将さんに訪ねた。


「ねえ女将さん。あそこのかんざし屋のお姉さん、さっき呉服屋さんでも見たのだけど。掛け持ちで働いているのかしら?」

「どれどれ。・・・ああ、彼女は先月やってきたんだけどねえ。本来の持ち場は呉服屋さ。でも、どういうことだか、かんざし屋の旦那様となにやら親しいようでね」

「へえ、なにやら大変なのね」


あんまり大きな声で言えないんだけれど、といいつつも女将さんは微笑を浮かべながら教えてくれる。どうやらこの界隈では、密かに噂となっているらしい。私はそれを、興味なさそうに流しながらも内心でガッツポーズだ。
まさか、こんな情報が得られるなんて。伊沙子ちゃんのお手柄である。当の伊沙子ちゃんは女将さんの話に、苦笑いをして「女性は強いよね」なんて言っていた。


「伊沙子ちゃん。私、伊沙子ちゃんとお友達になれて良かったとすごい思うわ」


面と向かってお礼を言ってもきっと、わけがわからないだろう。だから遠まわ
は瞳を瞬かせる。


「また、一緒にお茶しましょうね」


ぎゅ、と手を握った。すると伊沙子ちゃんは顔を真っ赤にして、何度も首を縦に振る。ああ、本当に可愛い。任務が終わるの、少し淋しいなあ。



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