浮気する浦風藤内


あっ、と思った時には既に時遅しというやつだった。振りかぶったなまえ先輩の右手。唖然としたままの浦風藤内先輩の左頬。
直後、派手な音を立てて見事なビンタが決まった。




ぼろぼろと、見るも無残な顔をしたなまえ先輩に無理やり連れ出された僕、笹山兵太夫は顔を覆って泣き崩れる彼女を、面倒だなぁと見やっている。
作法委員会の最中だった。ちょうど立花委員長は欠席で、綾部先輩も姿を消し、僕と伝七、そして浦風先輩の三人だけだったのだ。

やることも無いから、伝七に悪戯でもしようかと思っていた矢先である。突然乱入してきたくのたまに、僕らは目を丸くした。
くのたま三年のなまえ先輩は、浦風先輩の恋人だ。周知の事実だった。だから彼女がやってきたのは不自然ではない。
驚いたのは、彼女の表情にである。なまえ先輩は怒った顔で泣きながら、僕らと同じく驚く浦風先輩にビンタしたのだった。――「浮気者!」の叫びと共に。


「なんで僕なんです?」

「だっだってえ、兵太夫が一番話聞いてくれそうだったからぁああ」

「うん、結構迷惑ですけどね」


作法室から少し離れたなんかの倉庫の裏手で、ようやく足を止めた先輩はぐずぐずと僕を相手に愚痴り始める。嗚咽混じりのなまえ先輩の話を整理すると、こうだ。

なまえ先輩は先日、浦風先輩をくのたま長屋の近くで見かけたらしい。すぐ声を掛けようと思ったのだが、その光景に思いとどまったのだそうだ。他のくのたまと、仲睦まじそうに話していた彼氏。会話の内容はわからない。でもなまえ先輩はそれを浮気と断定した。

まぁ、僕に言わせれば有り得ないの一言だ。
浦風先輩は浮気なんかするような人じゃない。いや、できない。そんな器用なことはできない、真面目すぎるくらいの人である。


「大体、浦風先輩がなまえ先輩大好きなの、僕ら知ってます。浮気なんてするわけないじゃないですか」


どうせいつもの予習でしょう――そう続けようと思った僕は、途中で口を閉じた。
息を切らして現れた浦風先輩が、強引になまえ先輩の肩を掴み、僕から離したからである。


「なまえ!兵太夫に迷惑をかけるなよ!」


不快気に眉を寄せて、口をへの字に曲げた浦風先輩は、なまえ先輩の肩を掴んだまま言った。なまえ先輩は、俯き加減で頬を膨らませている。


「迷惑、掛けてないもん」

「掛けてるだろ。こんなところまで連れ出してさ」


言いながらも浦風先輩に僕を気遣う様子はない。わかってます。先輩が気に食わないのは、自分を放置したまま僕の手を引いてなまえ先輩が逃げたことなんですよね。


「浮気者ってなんだよ。おれは浮気なんてしないし、する気もない!」


声を荒げる浦風先輩に対して、なまえ先輩は口を閉ざしたままである。黙り込んでしまった彼女の代わりに、仕方なく僕が先程の彼女の言葉を伝えた。


「でも浦風先輩、他のくのたまとデートの予習とかしたんじゃないんですか?」

「それはないよ!流石に!」

「じゃーそれは、僕じゃなくてなまえ先輩に直接お願いします」


実のところ、なまえ先輩の気持ちはわからなくないのだ。浦風先輩は真面目と心配性が度を過ぎて、最早予習中毒である。どんなことも予習をしないと気がすまない。その現場も度々目撃している。でも、本当にデートの予習をしていたら悪びれずに言いそうなので、今回のことは濡れ衣に違いない。


「くのたまの子たちに聞いたのは、なまえの好きなお菓子や行きつけのお店だ!デートの予習は、一人でした!」

「したんだ・・・」


思わず口を出してしまう。仕方ないだろう。
暫く僕と浦風先輩のやり取りを聞いていたなまえ先輩は、やっと顔を上げて浦風先輩の袖を引く。そして、目に涙を溜めたまま浦風先輩に詰め寄った。


「藤内、もう予習なんてしなくていい・・・私は、藤内が一緒ならそれだけで楽しいの・・・!」


胸に縋るようにして訴えるなまえ先輩に、浦風先輩は言いよどむ。困ったように眉を下げたかと思ったら、真っ赤な顔で、ぼそぼそと呟いた。


「でも、だって・・・だって君の前で、失敗なんてしたくないんだ・・・」


今度は、浦風先輩がなんだか泣きそうなようだった。なまえ先輩はそんな恋人の姿に、何故かきゅんとしたようで、「藤内いいいい」と情けない声を上げながらぎゅっと抱きつく。

二人してぐずぐずしながら抱き合う様子に、ようやく自体が収集したようだと理解した。物分りの良い僕は、やれやれと息を吐きながらそっとその場を離れた。つくづく僕ってお人好し。

まぁこの瞬間、僕の次の絡繰の実験相手は決まったわけだけれど。


130601



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