平滝夜叉丸と美女くノ一の恋


頭脳明晰、成績優秀、容姿端麗。何事にも完璧で戦輪を使わせたら忍術学園一の私、四年い組の平滝夜叉丸だが、素晴らしいのは自身のことにとどまらない。近頃、最も皆に知らしめたい私のとっておきがある。


「先輩、門のところにいらしてますよ!」


向こうから駆けてきた金吾に、一言伝えられる。それだけで胸が高鳴り、居ても立ってもいられなくなって、引き寄せられるように門へ向かった。とっておきが来ている。とっておき、それは私がお付き合いをしている女性なのだ。


私の彼女、みょうじなまえは完璧な女だ。
すらりとした容姿に、すっと鼻筋の通った美貌、気品溢れる仕草はまるで御伽噺に出てくる姫君のよう。愛らしく、美しく、見るものを魅了する彼女は巷では現世の楊貴妃なんて呼ばれているらしい。また、素晴らしい教養を持っており頭も回る。裁縫も料理も歌も書も、芸達者で出来ぬことなど無い。まさに完璧な女。これ以上の女性は居ないと、間違いなく言い切れる。
そして、なまえの正体は優秀なプロくノ一なのだ。あの利吉さんにも引けを取らない人気で、世にその名を知らしめているのである。全国を飛び回り、的確に忍務をこなし、美女くノ一の名を欲しいままにしていた。

なまえとの交際は、彼女が私の戦輪の腕を聞きつけ忍術学園を訪ねて来たのが切っ掛けである。一目で互いに恋に落ち、すぐに関係を持った。当然だ。この完璧な滝夜叉丸と、完璧ななまえが惹かれ合わないわけがなかったのだから。
だが言わずもがな、私の方が年下。だから会うにも、こうしてなまえが私を訪ねる形が一番多い。それに引け目がないわけはないが、度々やってくる彼女に喜びは隠せやしない。




漸く門へ辿り着く。すぐ愛しい彼女の姿を見つけて走り寄ると、なまえも微笑んで私に寄り添う。彼女は仕事帰りのようだが、変わらずに妖艶な空気をまとっていた。


「ふふ、滝夜叉丸は今日も美しくていらっしゃるのね」


甘い言葉と共に、白魚のような指が私の輪郭をなぞる。髪の生え際のあたりから、眉、目尻の横を通り、そして唇に触れられた。その擽ったさに少し身を捩りながら、私の方も彼女の頬を撫でた。


「なまえこそ美しい。また紅を変えましたね、よく似合ってます」

「あら嬉しい。滝なら、気付いてくれると思っていた」


ちゅ、と自然な動作で頬に口付けられる。それから首筋、肩を通って彼女の手は脇腹の辺りに辿りついた。そして徐に、彼女はそのあたりをぐっと押したのだ。
――思わず、呻いた。そこはつい先日、怪我を負ったちょうどその場所だった。


「まだ治ってないの。体育委員会で汗を流す貴方も素敵だけれど、きちんと養生しないと駄目よ」


耳元で囁かれた言葉にどきりとする。この怪我は、前回なまえが来たあとにできたものだ。彼女が知るはずがないのに、どうして。するとなまえは可憐に笑って教えてくれた。


「七松くんに聞いたのよ」


なまえは私から身体を離すと、背後に顔を向けた。
そこで初めて第三者の存在に気づき、ぎょっとした。なんと七松小平太体育委員会委員長がじっと、私たちを見ていたのである。いつからそこに居たのだろう。冷水をかけられたかのように、一気に背筋が凍る。


「ななな七松先輩と話をしていたのですか?!」

「ええ。七松くんは貴方の先輩でしょう、学園での滝の様子を教えてもらっていたのよ」


当然のように言う恋人に目眩を覚える。七松先輩は六年生であり、私の所属している体育委員会の委員長だ。そして、学園内で暴君と名高いその人なのである。多少関わりはあるものの、彼は私の手に負える先輩ではない。話が通じない。はっきりいうと、怖い。
先輩の前で今私はなんということを・・・というか、どうして先輩がここで、じっと私となまえの逢引を見ているのか。


「な、七松先輩、お手数をおかけしました・・・!」


色々な意味でびくびくしながら、七松先輩に頭を下げた。すると七松先輩はパッチリとした目を何度か瞬かせて、豪快に笑った。


「気にするな滝夜叉丸!それに、お前の恋人はいい女だ!ちっとも退屈しなかった!」

「ふふ、七松くんも良い忍者になると思うわ」

「一度お相手願いたいものだな」

「ええ、機会があったらぜひ」


七松先輩となまえは、直接の面識はなかった筈。しかし以前私と彼女が居るところを目撃したとかで、委員会中に散々彼女のことを聞かれたことがあった。なまえに対しても、先輩の話をしたことはあっただろう。一番世話になっている先輩であるし、学外でも中々期待されている暴君である。

咄嗟に、まずいと思った。
七松先輩が――暴君が、なまえに興味を持ってしまったら。その名に相応しく、七松先輩はこうと決めたら力ずくで成し遂げてしまう人だ。欲しいと思ったらなんとしても手に入れる、人のものでも奪う、そんなところもあるのだ。しかも、あれでいて女にモテる。忍者としての期待度は、私に勝るとも劣らない。その上、なまえにも優秀な男が好きな部分があり、気に入ったものは手元に置きたがる性分だ。
そんな訳はないと思うけど、彼女を信用しているし、自分に自信もあるけれど。でも。

もし、なまえが先輩に取られてしまったら、なんて。


「ッ、なまえ!」


思った途端に、堪えきれず叫んでいた。考えている暇などない、すぐにどうにかしないとと思ったのだ。七松先輩と笑い合っている彼女を無理やり振り向かせ、唇を奪う。


「なまえに相応しいのは、この平滝夜叉丸だけです!」


宣言した私を、彼女は目を丸くして見つめた。七松先輩も口を閉ざし、感心したように私を見る。
しん、と周囲に静寂が訪れる。
そこで、我に返った。両者のきょとんとした顔に、次第に恥ずかしさがこみ上げてきたのだ。・・・わ、私は今なんてことをしているんだ・・・!?


「あ、あのなまえッ、七松先輩、わ、私は・・・!」


動揺で声が裏返る。穴があったら入りたい。
しかしすぐに彼女は、目を弓なりに細めてにっこりと微笑んで私を見つめた。私の首に手を回し、甘い唇が額に落とされる。


「あら。そんなこと、わかっているわ。貴方に相応しいのも、この私だけですもの」


他の男が見える筈もない、他の女を見る余裕も与えないと、自信満々な言葉を送られる。自信過剰な蜜語。ただし彼女が使うと、事実にしか聞こえないのが凄いところ。
くノ一の色に溺れさせられていると言ってしまえばそれまでだが、なまえにされるのならば構わないとさえ思う。それ程、なまえが愛おしくてどうしようもなくて。



七松先輩のことなど忘れて、私は彼女を強く抱きしめた。









「なまえはいい女だが、正直タイプではないな。滝夜叉丸はよくあんな怖い女と居られるよな」

「七松くんは良い忍者になると思うけれど、私の好みではないわ。だって優美さに欠けるもの」

「・・・二人がそうならまあ、安心ですけど・・・」

どのみち滝は、苦労させられる。

130526



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