田村三木ヱ門と石火矢名手の恋


休みに入ると必ず、実家に帰る前に佐武村へ寄る。可能ならば数日滞在し、休みを終えた登校前にも顔を出す。最近は、これが恒例になりつつある。
佐武村は、一年は組の佐武虎若の出身の村である。同時に、虎若の父上が率いる鉄砲隊の拠点地でもある。

この私、火器など過激な武器を使わせたら忍術学園一の四年ろ組田村三木ヱ門は、時折佐武村に寄ることで、そこで雇われている照星さんという火縄銃の名手に稽古をつけてもらっているのだ。

(まぁ・・・当初の目的は、だけれども)

秋休みに入った今日も、虎若と共に佐武村への道を辿っている。
前は照星さんのレッスンを受けたいが為だけにお邪魔していたが、今はそれだけじゃない。照星さんに勝とも劣らない、もうひとつの大切な用事があるのだ。


「田村先輩、ぼく帰ったらすぐに照星さんに聞きたいことがあるんですけど・・・先輩は、先に石火矢の方ですよね?」


佐武村に近づくに連れてそわそわしだした私に気付いてか、虎若はニヤニヤしながら聞いてきた。それを黙殺して村に入る。
するとすぐさま、張り上げた声が私の名前を呼んだ。


「おう、待ってたよ三木ヱ門!!」


声の正体は、男のような格好をした若い女性である。少し離れたところから軽やかな動作で駆けてきた彼女の姿は、高く結い上げた髪に黒い忍装束。顔に煤を付けたまま、拭いもせずに二カリと笑って私の背中をバチン、と強く叩いた。


「遅かったじゃないか三木!私は昨晩からずっと心待ちにしていたのに!」

「ちょ、なまえさん背中痛、」

「なまえさんただいまー」

「おーお帰り若太夫!元気だったか?」

「はい!なまえさんもお変わりないようで」


彼女は若太夫――虎若の頭をぐしゃりと撫でた。
なまえさんは、女ながらに火器を専門に扱う忍者として名を馳せている人であり、照星さんや虎若の父上にその腕を認められて石火矢の講師として佐武村に滞在している。虎若とはよく気が合うらしく、まるで姉弟のようによくじゃれあう姿を見のだ。

(いや、もしかしたら兄弟かもしれない)

煤だらけの彼女の顔を眺めて思う。彼女はその格好のまま男勝りな性格であり、かなり大雑把でずぼらなのだ。すなわち、自身が女性だということをすっかり忘れた慎みのない行動が目立つ。今もそう。乱れた髪に真っ黒の顔。やんちゃといえば聞こえはいいが、妙齢の、成人した女性としてはどうなのかと少し思うのだ。

(――それに、もったいない)

なまえさんは実は美しい人だった。男装をしていても隠しきれない色香に、もし彼女が女性らしく振る舞えばどこぞのお姫様にも見まごうのではないかと思うのに。一度だけでいいから、上から下まで女らしくさせてみたいものだ。
そんなことを考えていたら、急になまえさんが私の前に立った。虎若は既にどこかへ行ったらしい。まずい、そう思ったのは彼女の腕がこちらに向かって伸びてきているのを認知してからだった。


「ちょっ何してんですか!!!?」

「うん、愛情表現?」

「いつも言ってますけど・・・!も、もう少し慎みというものをですね!」


避ける暇もなく。ぎゅうう、と真正面から思い切り抱きすくめられる。彼女の方がまだ少し私より体格がいいので、私はされるがまま、彼女の肩に顔を押し付けることとなる。火薬の匂いがした。同年代の女性よりも、たぶんがっちりとした身体。でもそのことに、酷く安心する。

実は私は、このなまえさんとお付き合いしている。だからこうしてわざわざ佐武村に足を運んでいるのだ。だいすきな、恋人に会うために。
彼女とのお付き合いの過程には色々あって、一言では説明しきれない。でもこれだけは言える。僕となまえでは彼女の方が何歳も年上だけれど、間違いなく相思相愛でこの関係を始めたのだと。


「田村先輩、なまえさん!仲が良いのはいいことですが、照星さんがなまえさんの石火矢の腕を見せてもらえって!」


少し遠くから、虎若の声が響いた。なまえさんは私を解放すると、威勢良く腕まくりをした。


「わかった、待ってな!」





「ありとあらゆる武器を手にしたけど、私の相棒はこいつだけだよ。三木ヱ門にもわかるだろう」


相変わらず惚れ惚れとするような石火矢の扱いを見せて貰った後。なまえさんは自身の相棒である石火矢を撫でながら言った。


「よくわかります。やっぱりユリコと他の石火矢と違うから」

「うん、私もそうなんだ。他の石火矢とこいつは全然違うって思う。だからこうしてずっと、大切に使っているんだ」

「確かに、なまえさんの石火矢、本当に大切に使ってるって感じしますよ」


虎若・照星さんに石火矢を披露した後。気を利かせてか、他の皆はなまえさんと私と、ふたりきりにしてくれた。佐武村は中々の大所帯で、しかし村自体はそんなに大きくはない。だからこんなふうに二人きり、というのは結構珍しいことだった。何を話したらいいのか、とあたふたしていた僕に振られたのが冒頭の話だ。
彼女との話には、石火矢が何度も出てくる。その度に、本当に好きなのだなと思う。自分位とってのユリコがそうであるように、彼女にとってもその手元の石火矢が本当に大切なのだろう。
しかし彼女は、石火矢を撫でながら少しだけさみしそうな顔をした。


「でもなあ、道具は上手くいくのに、人相手だと難しくなるんだ。三木、お前に対してもどうしたらいいのかといつも戸惑ってしまう」

「えっ・・・」

「これでも有難いと思っているんだ。ホラ、私こんな喋り方だし。仕草も男っぽいし。その上、火器なんて扱う職業だからね。女の慎みとはかけ離れている」


彼女は、言いながら自分の手を眺める。忍者として優秀な彼女の手のひらは、その分とても逞しかった。私にとってそれは、羨ましいくらいの素敵な手だが、確かに普通に町娘なんかとは全く異なっているのだろう。ぽつり、と呟いた。


「三木ヱ門だけだよ。私を女として扱ってくれるのは・・・だから、本当にお前のことは大事にしたいと思ってるよ。・・・照れくさくて中々言えねーけど!」


後半、照れのせいかガサツに声を荒げた彼女は、そっぽを向いて頬を掻く。それでも気になるのか、チラチラとこちらを伺っていた。
彼女のその様子に、思わず頬が緩む。


「・・・本当に、私だけですよ。貴女の魅力に気づいているのはね」


まさか、こんなことを気にしているとは思わなかった。火器のことになるととっても豪胆で、頼りがいのある人なのに、こんな弱々しい姿もあるのだと見せつけられた気分だ。
不快ではない。むしろ逆に、さらに愛おしさが増す。


「この田村三木ヱ門に相応しいのは、ただ見かけが良いだけの女性じゃありませんから。なまえさんのように文武両道、強く美しい心を持つ方こそが、学園のアイドルたる私に相応しい方です」


そして、彼女の襟元を握り引き寄せる。屈むような形になった彼女の頬に、口付けた。
いつも抱きしめたり接吻したりするのは、彼女からだ。だからか、一瞬彼女は呆気にとられたような顔をした。しかしすぐに破顔する。


「おや〜?田村くん顔真っ赤だぞ?」

「なっ、そういう貴女だってすごく照れてるじゃありませんか!」

「そ、そんなことはない!」


言いながら、ぎゅうぎゅうと抱きしめてく彼女を私も精一杯抱き返す。煤にまみれた黒装束から伝わる熱が、ただひたすらに愛おしい。
そして、思った。誰が男っぽくて可愛げがないって?

―――照れてるなまえはこんなにも、愛らしいのに。

でもきっとそれが世間に知られることはないのだろうと思う。だって、こうした甘えた姿が見れるのは、彼氏である私だけの特権なのだ。



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