中在家長次と姉様


障子に映った大きな影、いつから居たのだろう。声も掛けずにじっと佇む物静かなその人は、間違いなく私の大切な弟のものだ。


「長次、入りなさいな」


身体を起こして声を掛ける。音を立てずに開かれた障子。そこへ居たのは、予想通りの青年だった。


「・・・姉様、御加減はいかがですか」

「咳が少し出るけれど、最近は随分調子がいいの。だから今日は、長次と沢山お話ができそう」

「無理は、なさらずに」


彼、長次はもそもそと、静かな声で言う。
身体が弱くよく臥せってしまう私を気遣っての言葉だ。けれども私としては、そういう訳にもいかない。長次は忍者になる為に、忍術学園へ通っている。いつもはそちらの長屋で暮らしている為に、彼が帰ってくるのは年に何度かの長期休暇くらい。だからあまり一緒には居られない。久々の対面だ、出来るだけ長く一緒に居たいのである。


「ねぇ長次、外はどうかしら。温かくなってきた?」

「はい・・・」

「まぁ、では次の休みにはお花見にでもいきましょうか」

「先日、丁度姉様の好きそうな本を手に入れましたので」

「読み聞かせてくれるの?」


こくりと首を縦に振る長次。
口数は少なく、表情の変化も乏しい方だが、長次はいつも私のことをちゃんと考えてくれている。一見威圧感のある彼だが、本当はとっても優しい心の持ち主なのだ。そんな長次が私は、愛おしくてたまらない。自慢の弟だ。
とはいえ、姉様と慕ってくれる長次は私の実の弟ではない。昔から親同士の付き合いがあり、その時に私の方が年上だから姉と呼ばれだしたにすぎない。それが今も続いているだけ。まぁ、意図的に続けているのだけれど。

不意に、咳が出た。途端に長次は目の色を変え、私の腕を掴む。


「なまえ、」


先程よりも距離が縮まり、寄り添う形で私の背を撫ぜる長次の呟き。私は、はっとして彼を見上げ、警告するように言う。


「・・・長次。姉と呼んで頂戴?」


偽りの姉と弟、その関係に固執する。
長次は私の大切な弟。だけれどそれだけではない。長次は私の婚約者でもある。親同士の決めた、許嫁というやつだ。


「なまえ姉様は、私との婚姻をよく思っていないのですか」

「そんなわけないでしょう。嫌いならば文で、あのようなやり取りは致しませんわ」


執拗に私が彼に姉と呼ばせるからか、長次は不安げに瞳を揺らす。
だが断じてそれはない。長次が学園に居る間は、私たちは頻繁に恋文を交わしていた。それはもう、熱々な愛を綴ったものだ。私はいつだってそれを心待ちにして、日々を過ごしている。長次の字は綺麗で好き。長次の話はとても面白くて好き。そして長次のことはだいすき。よく思っていないどころか、早く一緒になりたいくらい。

でも一方で、本当に私が長次の嫁で良いのかと思ってもいる。
私は身体が弱くて、多くの日を布団の上で過ごしていた。薬代も掛かる。子供も無事に産めるかわからない。親同士はそれを承知でというよりも、手のかかるけれどそれなりの名家の娘である私を、僅かに格下の中在家家の次男・長次の嫁にすることで、中在家家の家格を上げることができる、他に嫁ぐ見込みのない私も婚姻できる、という打算的な理由で結ばれた婚約だった。
私はすぐに長次が大好きになってしまったから良いが、長次はこんな嫁では嫌ではないのか。ただでさえ、年上なのだ。でも前にそれを尋ねたら彼は言ってくれた。

―――私は、なまえ姉様が良い

思わず涙を流してしまった。余計、好きになった。



「では、なぜ」


でも長次は、私が婚姻をよく思っていないから「姉」と呼ばせたがると思っているらしい。嗚呼、そんな風に思わないで良いのに。私はそっと、長次の手に自分の手を重ねる。


「姉の矜持、というものかしら。下らないことなのだけれど」

「矜持?」

「そう。来年には長次は卒業、そうしたら私たちは夫婦になるわ」


此処までの道のりは、長いようで短かった。もう一年もないのだ。


「長次は旦那様になるのだもの。今までは私が守ってきた弟なのに、立場がすっかり変わってしまう。すこし残念な気持ちがあるの、長次は私が守ってきたんだって誇りに思っているからよ。だから、ね。もう少しだけ姉で居させて」


一人では何もできない私だけれど、これまでは長次の姉で居られた。やっぱり姉よりも、妻でありたいとは思う。でも、もう少し姉と呼ばれていたいと思ってしまうのだ。


「・・・なまえ姉様」

「なぁに、長次」

「お慕いしております」

「私も、貴方がだいすきよ」



130316



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