食満留三郎と姉貴


帰宅したらごろり、と何だか邪魔なものが横たわっていたので意図的に踏みつけてやった。背中辺りの筋肉が硬すぎて、私の足の方がダメージを食らいそうだ。


「うっ、なまえ!いきなり何するんだ?!」

「いきなり何、はこっちの台詞だ馬鹿。留三郎、いつ帰ってきたのよ」

「昨晩」

「だから、帰ってくる時は連絡しろって言っただろ馬鹿留」


ようやく身体を起こした彼を見て、相変わらずな目つきの悪さに安心する。今も昔も変わらない留三郎だ。
留三郎は、私の幼馴染の弟である。だから、私にとっても留は弟も同然だった。多分彼も同じように思ってくれている。数年前に幼馴染は嫁に行き、それからは特に、長期休暇の度に私を頼ってくるし。

よって、帰宅して自室に留三郎が転がっていても特に驚きはしないのだ。凄く邪魔だが。


「おいなまえ。いくら何でもいきなり踏みつけるとは、女としての慎みに欠けるぞ」

「姉とはいえ、女の部屋に入り込んで転がっている奴が言う台詞じゃないでしょ。ていうかあれだよね、留三郎、私を姉貴って呼んでくれなくなったよね」


男の子だから仕方ないのかもしれないけれど。初めはなまえお姉ちゃんって言っていたのに、いつの間にか姉貴、そして遂には呼び捨てである。体格もどんどん良くなって、見るからに武闘派な留三郎を可愛い弟分、とは到底いえないのであった。
それでも私が姉で、留三郎が弟なことには変わりない。せめて形だけでも姉弟でいたいというのは、きっと我が儘なのだろう。


「呼んで欲しいのか」

「欲しい。私、弟居ないし。留三郎は弟みたいなものだけど」

「じゃあ姉貴、ちょっと聞きたいんだけど」

「なに?」

「お前好きなやつとかいるのか?」

「えっなに?!留三郎もそういうこと考えるようになったの!」


自然な流れで持ちかけられた話題は、まさかの恋愛方面だ。今までそういうのは無かったから、驚きと同時にテンションが上がる。弟の恋愛相談に乗るとか姉っぽい。あと、留三郎がどんな子好きになるのか興味ある。


「そういうわけじゃ、ないけど。いいから答えろよ」

「ははっ照れなくてもいいのに!よし、お姉ちゃんがアドバイスをあげよう。まず、好きな子には優しくしないと駄目だよ。いつもみたいに、勝負だー!とか言ってたら確実に逃げられるからね。あんた怖いから」


留三郎は基本的に、優しいし頼りがいあるし顔も悪くないし、良い男の部類だと思う。でもすぐ喧嘩腰になるのはいただけない。もし相手が大人しめな子とかだったら、確実に怖がられる。
留三郎は私の指摘に、少し顔を強ばらせた。


「なまえも、俺のこと怖いか・・・?」

「あー、ないない。私にとっては留三郎の勝負だー!とか日常茶飯事だし。言われたら言い返して殴り返すよ」

「だ、だよな!」


今度は、明からさまに安心した顔。なんだ、結構乗り気じゃない。これは余程、本気で恋に落ちているらしい。どこの誰なんだろう、いつから好きなんだろう。聞きたいことは沢山だが、取り敢えず今は我慢して彼の話を聞いてやらねばなるまい。

それでじっと留三郎を見つめていれば、ちょっと顔を赤くした彼は躊躇いながらも口を開いた。


「で、姉貴は好きな奴、いるのか?」

「いないけど」


私の話はどうだっていい。結婚?そんなものは縁があれば出来るし、なければできないのだ。別に焦ってないし、悲しくなんてないし、生き遅れそうだなんてない。ないったらない。
どうして私の好きな人の話だよ、と留三郎に視線を戻す。何故かちょっと嬉しそうな表情だった。


「なによー、その顔は!」

「別に。なまえはまだ結婚できねーなと思って」

「どういう意味!」


さっきまでの悩ましげな留三郎はもう終わってしまったらしく、いつものように憎まれ口を叩き、笑い声を上げる。なんだこいつ。恋愛相談と見せかけて、私の出会いの無さを笑いに来たのだろうか。むかつく。
その感情のまま「むかつく!」と告げたら、留三郎は更に笑いながら私の頭を乱暴に撫でた。


その時に囁かれた言葉の意図を、結局私は今もつかめていない。



「結婚したくなったら俺に言えよ」



130315



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