竹谷八左ヱ門、煩悩と戦う


最近は特に委員会楽しそうだよね、と言ってきたのは雷蔵だった。まるで心を見透かされたような気がして驚いて聞き返したら、「だって放課後が待ち遠しいって感じだから」とあっさりと言われて思わず赤面してしまった。あの時、三郎や勘右衛門が居なくて良かったと思う。あいつらにあんな顔、見られたらきっとすぐにバレちまう。

それにしても、雷蔵の指摘には俺自身意識していなかった内面を見事に暴かれた。確かに放課後の委員会は楽しみではあったけれど、そんな、目に見えて分かる程にそわそわと待ち遠しくしていたなんて。恥ずかしいやら情けないやらで、身悶えたくなる。

(いや、だって仕方ないよな)

それでも懲りずに俺は、今日も早足になりながら委員会へ急ぐ。見えてきた飼育小屋の前に、佇む女の子。俺に気付いて手を振ってくれたのに振り返しながら、口元が緩んだ。きっと今、俺は物凄いデレデレした表情になっているだろう。爽やかな笑顔の似合う男子と名高い(※鉢屋調べ)俺だが、きっと今の笑みはちょっと爽やかとは言い難いんじゃないかな。もうなんか、抑えられないんだって。表情筋が勝手に緩むんだって。


「おう、待ったか」

「ちょっとね。張り切って早く来すぎちゃった」


彼女、みょうじなまえは笑いながら俺を見上げる。
うわ、今日も可愛い。すげえ可愛い。なんでこいつ、こんな可愛いんだろう。至近距離で見たなまえの笑顔に脳内で歓喜しながら、必死に平常を装って笑い返す。そう、俺はなまえに目下片思い中である。

なまえは生物委員ではないのだが、動物が好きだということで委員会を手伝ってくれている。興味深そうに飼育小屋の周りをうろうろしていたのを呼び止めたのが切っ掛け。動物が好きだけどマンション住まいなのでペットを買うことができない、という話を聞いてそれならば手伝ってくれないか、と俺が誘った。

動物好きに悪いやつはいない、なんて言いながら俺となまえはすぐに仲良くなった。それで、今まで面白いくらい女の子に縁のなかった俺はすぐに彼女を好きになってしまったわけ。なまえもなまえで気さくなもんだから、その距離感のなさにちょっと期待しちゃったりして。最初は助かるからという理由で手伝ってもらっていたのが、なんとか下心を隠しつつ、わざわざ下級生が居ない隙を狙ってなまえを呼び出している現状。


「今日は何するの?」

「あー小屋の掃除はこの前したから、餌の在庫確認だな。力仕事だし、なまえは餌遣りだけしてくれても構わないぜ」

「そういう気づかいはいいよー。私ももう生物委員の一員みたいなもんだし、竹谷と一緒に在庫確認させて」


一緒に、という言葉になんかドキドキする。彼女にとってはきっと大したことない言葉なんだろうけど、いちいち反応して振り回されている。これが恋か。恋・・・いい言葉だな。

そんなこんなで、倉庫にやってきた俺となまえ。この倉庫は見た目こそボロいが、学園で飼育している生物全ての餌や世話道具が置いてある、生物委員会の要地だ。今日は一週間分の餌の補充と、在庫品の確認をしようと思っている。なまえに重いものを持たせるつもりはないから、彼女には記録をお願いして、そんで俺が餌出してきて。彼女との共同作業・・・なんてな。

二人きりに倉庫という色々想像を掻き立てるシチュエーションに、俺は些か舞い上がっていた。だから、見落としたのだ。入口のすぐ右側の棚から、砂袋が落ちそうになっていたのを。
そして、彼女が俺の後ろに続いて倉庫に入ってきた時その砂袋が落ちてきたのである。だが不幸中の幸い。俺は間一髪でそれに気づき、すぐになまえを庇うように飛び出す。


「危ない――!」


咄嗟になまえの腕を掴み、引っ張った。衝撃で彼女がよろける。なまえのすぐ横を砂袋が落ち、勢いよく床に叩きつけられた。


「だっ大丈夫か?!」


危機一髪。砂袋なんて重いものがなまえに落ちていたら大惨事だっただろう。今更ながらひやりとする。
最悪の事態はなんとか避けられたものの、いきなり掴んでしまって良かっただろうか。焦って、手加減とかできなかったからもしかしたら怪我させたかも。心配になりつつ、彼女の顔を覗き込もうとした時、いつかの三郎の入れ知恵がふと脳裏を掠めた。


(そういえば、二の腕の柔らかさって――)


体育の時間とかだった気がする。女子の半袖眩しいとか、アホな会話してたと思う。その時に、にやにやしながら教えてくれた、無駄な知恵。


(む、胸の柔らかさと、同じ、と、か)


・・・思い出した瞬間、焦って手を離す。俺、思いっきり二の腕掴んでた。動揺やら驚きやらで目を白黒させていると、ようやくなまえが顔を上げた。その顔は、驚きと安堵が入り混じったものだった。


「ご・・・ごめんね、ありがとう竹谷。砂袋、落ちてくるなんて吃驚しちゃった」


突然のことに頭がついていかなかったらしい。どきどきした、なんて言いながら彼女は心臓の鼓動を確かめるように胸に手を当てる。胸に。そして俺の視線も自然と、そこにいってしまう。不可抗力である。
二の腕、凄い柔らかかったんですけど。なにあれ。俺の身体にあんな柔らかいところねえよ?ちょっと力入れれば壊れちゃうんじゃないの?でも触り心地よかったなあ・・・ということは、同じ、感触?


「け、怪我とかないみたいでよかった。この倉庫、色々危ないから気をつけろよ」

「うん、気をつける・・・!」


理性を叱咤して、無理やりそこから目を離す。ガン見してんじゃねえよ俺。ぎこちない、不自然な受け答えになっていないだろうか。ば、バレてねえよな。こんなこと考えてるとか知られたらドン引かれる。


「竹谷、なんか顔赤くない?熱い?」

「えっ?!そんなことねーよ!大丈夫大丈夫!あ、でもちょっと熱いかもな!気温高くねえか?!」

「そうかなあ、まあ確かにここ空気通り悪いし・・・」


だめだめ、俺はまだ清い心でなまえを想うって決めてるんだから。いや、やっぱりいつかはこの恋を叶えて、色々したいなとは思うけど。思うけど、今からそんなしょうもないこと考えてたらなまえの顔をまともに見れそうにない。やばいって、こんな不純な思考、ぜってえ女子に嫌われるって。な、だから煩悩よ去ってくれ・・・!

と、いいつつも。今夜はいい夢が見れそうだなと、頭の片隅で思ってしまう。だってしょうがないだろう。
言い訳しつつまたこっそりなまえを盗み見る、思春期真っ最中の俺であった。



130304



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