潮江文次郎と姉さん


「本当にもう、昔はあんなに可愛かったのになあ。おねえちゃん、おねえちゃんって後ろをついて回っていた頃のもんじはどこ行っちゃったんだろう」


私がお決まりの文句を言うとこれまたお決まりの反応、文次郎は額に青筋を立てて睨みを効かせてきた。
潮江文次郎は、私のみっつ年下の幼馴染である。今でこそ忍者になるためにギンギンで修行している彼だが、忍たまになる前は酷い甘えたでよく泣く子だった。男の子なんだから、簡単に泣くんじゃないの!と何度も叱りつけた覚えがある。
それが忍術学園に入学してあれよあれよという間に、昔の面影はすっかりない、可愛げのない男に成ってしまったのだ。本当に残念だった。可愛かったのに、可愛がっていたもんじはもうどこにもいないのだなと。


「なまえ!いい加減に昔の話はやめないか!!」

「いやよ〜だって、私の大切な思い出だもの。それに私は、私を呼び捨てするような男に知り合いはいません」

「〜〜!!! なまえ、姉さん!」


それでも、やっぱりもんじはもんじである。彼は今でも私をちゃんと姉さんって言ってくれるし、たまに昔の駄目な文次郎が顔を覗かせるのだ。特に、ほら。怒ってるときとかね。十キロそろばんとか持って迫ってくる文次郎は怖いけど、それでも私がビビらずにいられるのは彼が本気で私には危害を加えないと解ってるからである。


「そういえば、文次郎って後輩たちに凄く尊敬されているんだってね」


この前の休暇、文次郎が一緒に連れ帰ってきた友人の立花くんに聞いたのだ。文次郎はあまり休暇も帰ってこないし、帰ってきても鍛錬ばかりであまり話を聞けないから、立花くんがにこやかに教えてくれた情報に私は感心してしまった。


「会計委員長なんでしょう?いつもあの馬鹿みたいに重いそろばん持っているものねえ・・・昔は計算も苦手で、字も下手くそだった文次郎がねえ・・・」

「頼むから、それ以上過去を掘り起こすのはやめてくれ」

「だから、仕方ないじゃない。私が一番よく知っている文次郎はその頃の文次郎なのだもの。悔しいのなら、私の幼い頃の話とかで対抗してくれてもいいのよ」

「ぐ、姉さんは昔から器用だったろう。卑怯だぞ」

「そんなことないわよ。私だって、苦労して器用になったんだから」


文次郎の言葉に苦笑。そりゃあ、まあ、みっつも年上だから彼よりは色々上手くやっていたけれども。本当は、彼の見ていないところで努力もしていたのだ。お裁縫も料理も、最初は目も当てられないくらい下手くそだったのだ。今ではソツなくこなせるけれど、未だに未婚なあたりに隠しきれない不器用さがにじみ出ている。


「そういえば、文次郎。今日はどうしたの。休暇で戻ってくることも少ないのに、わざわざ私のところに来てゆっくりお茶飲んでいるなんて、もっと珍しいじゃない」

「い、いや・・・それは」

「歯切れが悪いわね。何か悪いことでもしたの?」

「違う。なまえ姉さんもそろそろ嫁ぐとかいう話を親から聞いたので」


そんな話もあった。どこぞの青年とお見合いが決まってるのよーなんて母が言っていたような。潮江家には、お見合いもまだなのにもう私の結婚が決まったとかいう話が流れているのだろうか。


「祝いに来てくれたの?」

「止めに来たんだ。どうやら姉さんの見合い相手には良くない噂が立っているようだったからな」

「え、そうなんだ・・・」


どうやらギンギンに忍者してる文次郎は、私の見合い相手の欠点を見つけて見事破断にしてくれたらしい。変なところに嫁ぐことにならなくて良かった。でも、喜べない。また破断。実はこういうことが、何年か前から続いているので私は未だに嫁げていないのだ。


「あーあ、私って男運無いのかなあ。いい加減、年増で行き遅れちゃいそうなんだけれど」

「心配する必要はない。あと一年もしないうちに、俺は卒業する」

「うん?」

「なまえは器用な癖に馬鹿だな。わからんなら、黙って待っていろ」


文次郎は強気な笑顔を浮かべ、ぽん、と私の頭に手を乗せると颯爽と立ち上がる。そして、ギンギンに鍛錬してくる!とまたよくわからないことを言い放ち、自宅へと戻っていった。


「それで、文次郎は何をしに来たのかしら?」


全くもって意味がわからん。でもひとつ分かるのは、文次郎はもうすっかり、大人の男になってしまったのだなということだった。つまり、気軽に接するにはなんだかもう、お互い大人になってしまったようである。


130304



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