瓶に詰めて持ってゆく


確か今日は大丈夫な日だった気がする、と私は静かに医務室の戸を引いた。中を覗き込み、そっと問いかける。


「伊作くん、今ひとり?」

「うん。今日は委員会もないし、当番は僕だけだし」

「お邪魔します」


良かった。期待していたとおりに医務室には伊作しかいなかった。私は緩む頬をそのままにして、中に入れてもらうことにする。そしてなにやら薬草を弄る伊作の隣りに座らせてもらった。
伊作と私はいわゆる恋人同士というやつだ。でもそれを知っているのは、この忍術学園でもごく僅かな生徒だけ。それは、あまり人前でいちゃつくのは止めようと二人で決めたからである。そこまで厳しくはないとはいえ、色恋は忍者の三禁に関わることだし学園生活に支障が出ても困るから。お互い、卒業までは近距離で過ごしながらも遠距離恋愛みたいな清いお付き合いをしているのだ。
でもやはり、ふたりで過ごす時間も欲しい。そこで私は、医務室に伊作しか居ない僅かな時間を狙ってこうして訪ねさせてもらっているのだ。今日も、急な怪我人、病人が来ない限りは伊作と居られる。


「今日は何のお薬を煎じるの?」

「ああ、痛み止めが少なくなってきてしまったからね。ホラ、この前名前が摘むのを手伝ってくれた薬草を使うんだ」

「へええ」


別に何をするでもなく、伊作の隣りに座る。それだけだけれども、私にとっては貴重な時間。最近は実習も厳しいものばかりだから、こういう癒しは必要だとつくづく思う。
そんな風に考えていたら、今日はもっと伊作の近くに居たいなって思ってきた。じっと、彼の横顔を見つめる。今はあんまり難しい作業もしてないみたいだし、機嫌も良さそうだし、よし。

伊作の背後に回ると、思い切って後ろから抱きついてみた。そのまま額を、彼の背中に押し付ける。伊作は一瞬びくり、としたものの振り払われないので許容してくれたみたいだ。それが嬉しくって、ついついにやけた。


「えへへ、伊作からは薬の匂いする〜」

「えっそれって臭いってこと?!」

「違うよ。私、伊作くんの匂い、大好きだもん」


すると伊作は私の腕をそっと外し、振り返る。それから、前触れもなく抱き寄せられた。腰に腕を回し、軽く膝へと抱き上げられ、伊作の顔は私の首筋に埋まる。伊作のくせっ毛が顔に少し当たって、くすぐったい。


「名前からは、よくお日様の匂いがするよね」

「そうなの?」

「うん。名前は落ち込むと裏山で一番高い木に登るだろう。だから、かも。一番太陽の近くに行くから」


ぎくりとした。知られてるとは、思わなかった。特にここ最近は落ち込むことが多くて、よく裏山へ言っていたのだ。ばれているらしい。


「裏山まで行かなくても、僕のところに来ればいいのに」

「でも・・・だって・・・食満もいるし」

「気にしなくていいよ。留三郎は気を使ってくれるから」

「ん、確かに」


顔を見合わせて笑う。うん、食満は良い友人だ。私が伊作の部屋に上がり込んで居るときには絶対に部屋へ帰ってこないもの。でもそれも、もしかしたら伊作が頼んでいてくれているのかもしれない。恋人が来るから、席を外してくれないかって。やだ、想像したらちょっと恥ずかしい。


「ねえ、今度の休みは一緒に町にいかない?ユキちゃんたちに、美味しいお団子屋さん教えてもらったの」

「わかった。空けとく」


照れ隠しにそんな約束をして。ああでも、最近はずっと医務室でしか会ってなかったから、休みが楽しみだ。どの簪をしよう。着物、新しくおろしちゃおうかな。期待に胸が膨らむのは、伊作の為だから。町でなくてもいい。私は、伊作といられればそれだけで、幸せを感じられるから。


「だいすき」


ぎゅっと抱きつきながら告げる。伊作は笑って答えなかったけど、十分だ。背中に回った腕が、優しく口付ける唇が、ちゃんと彼の想いを伝えてくれたから。




瓶に詰めて持ってゆく

(貴方への愛をぎゅっと詰めて、どこまでも)



130407



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