アイスクリームホラーショー


まるでホラー映画だ、なんてあまりに捻りのない例えをする。そのまんますぎる。
でも私には、それ以外の例えが思いつかなかった。だってこの状況。普通に考えたら有り得ないものだ。それでもこれが現実だと思い知らされるように、繋いだ手をぎゅっと平助くんが握り返した。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。今から思い返しても、意味がわからない。でも恐らく始まりは、あの時からだ。平助くんが放課後、教室でだらだらしていた何時ものメンバーに「アイスでも買ってくる」と言って教室を出た時。
私や平助くん、あと五人くらいはよくそうして、意味もなく放課後は教室に残って遊んでいた。今日も同じように好き勝手話して、平助くんが席を立ってからは更に盛り上がって。下校時間に土方先生あたりが帰宅を促してくるまで騒いでいようと、思っていたのだ。


「なあ、あいつ帰ってくるの遅くない?」


いつもと違ったのは、ここから。仲間のうちのひとりが、中々帰ってこない平助くんを不審に思ったらしい。確かに彼は貴重品もおいたままで、不自然だった。私の右隣に座っていた子が「探してくる」と教室を出る。私たちはそれを見届けてまた会話を再開したのだが・・・。
その子も結局、帰ってこなかったのだ。ミイラ取りがミイラ、そんな言葉が頭をよぎる。校内で迷子?もしかして何かあった?そんな想像をしていると、皆も同じように不安を感じたらしい。


「ちょっと私も見てくるね」


別の子がまた、教室を飛び出していった。彼女の足音が去っていく。彼女はしっかりと携帯を持っていったし、何かあったら連絡をくれるだろう。だから大丈夫、と浮かしかけた腰を落ち着けた、その瞬間。
空間を切り裂くような、叫び声に私たちは身体を硬直させた。
それは間違いなく、今しがた出て行った子の声だった。慌てて席をたった私たちは、声がする方へぞろぞろと走る。そこで見た光景に、体中の熱が引いていく。


「どういうこと・・・?」


そこに、彼女は居なかった。ただ、彼女の上履きが片方だけ廊下にぽつんと落ちていたのだ。そして同じように反対側の廊下から走ってきた姿。それは初めにいなくなった、平助くんだった。


「皆大変だ!やばいやつが、校内に居る!!」


焦った様子の平助くんの話によると、こうである。彼は購買へ向かう途中で見慣れない男に遭遇した。生徒でも教師でもなさそうなそいつに、声をかけてみた。すると突然、包丁を振りかざして襲いかかってきた、と。


「しかも、なんでかわかんねーけど校舎に誰もいないんだ!俺はそれを振り切って走っていたんだけど今叫び声が聞こえて・・・もしかしてあいつ、捕まっちゃったかも」


あまりにも現実離れした平助くんの言葉に、私は何も考えられずにただ動揺していた。皆もそうだったのだろう。顔を蒼白にして「どうしよう」と繰り返す。でも、ここに居るわけにいかない。皆で移動しようということになった。一人で行動すれば、格好の的だからだと。
だが、そこからが地獄だった。


「やばい見つかった!!走れ!」


後ろを警戒していた平助くんの声に驚き、一斉に走り出す。


「こっちだ!こっちなら入り組んでいて多分撒ける!」


一番先頭で走る彼に促され、私はひたすらに走った。けれど。気づけば平助くんと二人きりになっていたのだった。走っているうちにはぐれたらしい。それに気づいた時は、もう絶望的な気分だった。まだ大勢で居たほうが安心だというのに。皆は大丈夫だろうか。せめてもの救いは、私には平助くんがついていたということだ。


「お前は、俺が守るからっ!」

「へ、平助くん・・・」

「そんで、きっと皆も助け出してここから逃げよう・・・!」


恐怖のあまりに萎縮する私を、平助くんが励ましてくれる。つくづく、彼が一緒に居て良かったと思う。自分だけだったらどうしていいか、わからなかった。
無理やり「分かった」と笑顔を向けた私に、彼も安心したように息をつく。そして移動しよう、と立ち上がった。


「よし。ここからは静かに進もう。後ろは俺が警戒する。だから名前は前を見ていてくれ。名前、絶対に後ろを振り向くなよ」

「う・・・うん・・・」


そうして再び歩き出したはいいけれど、やはり前を歩くというのは少し怖い。平助くんの姿が見えないのは、とても不安になる。


「平助くん、やっぱり私が後ろに、」


だからつい、そう言いながら振り向いてしまったのだ。


「名前、振り向いたらだめだって言っただろ。困ったやつだよな」

「ど、どうし、そ、それ・・・!?」


振り向いた瞬間、思考が止まった。否、どうしたらいいか分からずにフリーズしたと言った方がいいだろう。
振り向いた先に、求めていた平助くんの姿があった。でもその手には、包丁のような物を手にしていたのだ。それだけではない。彼はその刃先を私に向けていた。


「残念。あと少しで名前に気づかれないまま、名前の動きを封じられたのに」


ばれちゃったらしょうがないよな、なんて笑いながら彼はもう、その凶器を隠そうとしなかった。一体それは、何?なんで赤く濡れてるの?どうしてそんなものを持ってるの?
もしかして、皆、貴方が、と私が言葉にする前に平助くんは「ああ、そうだよ」となんでもないように言う。


「どうしたも何も。邪魔だったから消したんだ」


にんまり、とどこか狂ったような笑みを浮かべて平助くんはこちらへ一歩、一歩と近づいてくる。足が震える。身体が震える。身体が竦んで、動けない。


「皆で居るのも楽しいけどさ、やっぱり俺、名前とふたりっきりで居たいなって思うんだ」

「な、何をいって、」

「だから、好きなんだって。でも名前には他に好きな奴がいるかもしれねーし、受け入れて貰えなかったら困る。だから、先に選択肢を無くしちまえばいいんだって思ったんだ」


そして、平助くんは包丁をゆったりとした動作で撫でながら笑った。


「これで世界には俺と名前、ふたりっきりだな」


恍惚に染まった笑みを浮かべ、平助くんはこちらに手を伸ばす。私は身体を動かすことができない。そのまま、彼の赤い目を見つめるしかない。近づいてくる。もう距離は殆どない。逃げられない。逃げることができない。

そして―――。






「ゆ、夢か・・・」


慌てて顔を上げると、そこは教室で自分の席だった。どうやら居眠りしていたらしく、私が呆然と辺りを見回すと友人たちが「名前、爆睡しすぎ」と笑う。
そこまで来て嗚呼よかった、と胸をなで下ろした。あれは夢だったのか。既に詳細は思い出せなくなってきているが、とても怖い夢を見た気がする。まるでこの放課後の続き、みたいな。


「やだ皆、起こしてよー」


冗談を飛ばしながら、何故かざわつく胸から意識を逸らした。あれは夢だ。実際に起こるわけないのだ。


平助くんが戻ってこないと友人が声を上げるまで、あと十秒。



アイスクリームホラーショー



130407



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