ブラッドアイシング


六年生との合同実習の忍務だった。私は自分の役割を果たして、ペアである七松先輩の元へと走る。今回の実習は中々に難易度が高く、あれほど訓練や準備は怠らなかったのに既に私は満身創痍な状態だった。

(七松先輩に報告をすれば、八割方忍務は完了。すぐにここを離脱し、それから――)

もうすぐそこが、七松先輩との合流地点だ。このあとの行動をシュミレーションしながら森の中へ降り立つ。見慣れた背中が見え、安堵しながら声をかけて・・・。
しかし、そこで私の思考は一旦停止した。


「?!!」


ぐるりと七松先輩がこちらを向いた、その瞬間に瞬速で先輩が私の動きを封じに動き、そのまま地面へと叩きつけ押さえつけたのである。衝撃で頭がグラグラする。舌、噛まなくてよかった。だがまだ恐怖は終わっていない。驚きに目を見開いた私を、七松先輩が無表情で見つめていた。息を詰めた私にむっとしたように、彼は眉を寄せた。


「お前は、私以外の男に傷つけられて帰ってくるなど、余程死にたいのか?」


呆気に取られて反応ができない私をよそに、七松先輩は私の両手首を素早くまとめ、頭の上で易易と押さえ込む。仰向けに倒れた形の私の腹に馬乗りで腰を下ろされ、一切身動きは取れない。一見押し倒されたような格好だが、至近距離に顔を寄せた七松先輩の表情は能面を被ったように何も浮かんでいなく、常日頃の元気な笑顔とのギャップもあり恐ろしくて泣き出しそうだ。
先輩は、震えだす私に構うことなく空いた片手を私の忍び装束の合わせへと差し入れた。


「やっ、七松先輩・・・!」

「私がお前に何と言って送り出したか覚えているか」

「いッッ・・・!!!!」


甘い展開などでは、ない。彼は乱暴に私の襟元を乱すと、右肩から鎖骨に掛けて出来た切り傷を思い切り抉ったのである。見た目ほど深くは無く毒の心配も無さそうだったので、放置していたことを思い出した。だが、この傷はただでは済みそうにない。折角浅い傷だったのに、ぐちり、と嫌な音を立てて七松先輩の指が切り口をかき乱している。勿論、激痛を伴いながら。


「や、やめ!痛―――!!!」


あまりの痛みに声すら出ない。だが先輩は私に悲鳴さえ許してくれないらしく、拘束していた私の手を放し、ぐっと首を絞めてきた。まずい、これはまずい。悲鳴以前に息ができない。このまま殺される?いやいや、流石にそれはないだろう。思ったとおり、私の意識が飛びかける寸前に首を圧迫していた手は放れ、私は情けなく咳き込みながら涙を流す。視界がチカチカする。

ここでひとつ言っておかねばなるまい。私と七松先輩は、いわゆる男女交際というものをしている。色々あって七松先輩に恐れ多くも懸想していた私は、五年目にして恋人という立場まで登りつめたのである。
だが決して、今のようなことが頻繁に起こるようなバイオレンスな爛れた関係ではない。そりゃあ多少無茶苦茶だったり振り回されたりはするが、基本的に七松先輩は優しいし、頼りがいのある彼氏様だ。私は七松先輩が大好きだし、大切にしてもらっている自覚もある。

でもひとつ、七松先輩には忘れてはならない地雷があった。
それは今回、この任務が始まる前に約束したこととも関わってくる重要事項であった。


「おい名前。私との約束を言ってみろ」

「な・・・七松先輩、以外の人に傷つけられてはいけないッ、絶対に無事で、生きて、戻ってくることッ、他の何者にも惑わせず、汚さ、れず、従わず、先輩のことだけを信じること、ですッ――!!」

「そうだ。だが、これはどういうことだ?」


ようやく傷口を弄るのをやめてくれたと思ったら、今度はぎゅっと圧迫される。


「ああぁあっ」

「こんなに怪我して。今回は怪我を追うような忍務じゃなかった筈だ。多方不注意から受けたものだろう。――いい加減、私も怒るぞ?」


そう、約束だ。この理不尽に見える暴力は私に対する仕置なので、悪いのはこちらなのである。
交際するとはいえ、私も彼も忍びを目指す身。ただ愛を誓うなどという、生ぬるい関係だけでやっていける筈がなかった。そして、話し合った結果私は七松先輩に誓を立てた。

すなわち、七松先輩を一番に信じ、従い、操を立てろというものだ。
だから彼は、私が彼以外に傷つけられることを許してはくれない。だから、今回のような場合には烈火のごとく怒る。理不尽だが、愛されている証拠に他ならない。

現に七松先輩は私の傷口を物凄い力で押さえつけながら、器用に自身の頭巾を裂き、私の傷を覆ってくれた。ちゃんと止血することを考えてくれていたらしい。


「七松先輩・・・ごめん、なさい」


涙ながらに伝えると先輩も正気を取り戻してくれたらしく、私の上から退いて、今度はぎゅっと抱きしめてくれた。


「名前、可愛い私の名前。お前を傷つけていいのは、私だけだ」


耳元で囁かれる甘い言葉に酔わされながらも、頭のどこかで警鐘が鳴っている。


「言うこと聞いてくれないと、困るぞ。加減、できなくなるからな!」


にかりと笑って言った七松先輩に、引きつりながらも笑顔を返した。しかし、身体の震えはどうにも収まってくれなかった。



ブラッドアイシング



130407



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