曖昧すぎて壊れやすくて


「お前まで来ることなかったのに」


将臣の言葉に、私は嬉しくなって微笑んだ。言外に、ここまでついて来てくれて感謝する、という意味合いが含まれていると知っていたからだ。


「何を今更。私と有川の仲でしょ」

「あーそうだったな。お前の無茶にも大分、慣れてきたからなぁ」


お決まりのやり取りに、二人して笑う。私たちの視線の先には、青々とした一面の海原が広がっていた。今ここは、どの辺りなのだろう。ひたすらに西へと進み、陸地を見つけ位置を確認しては、まだまだ先だと南下してきた。来る日も来る日も海ばかりで飽きつつあるこの風景だけれど、潮風の湿っぽさはあまり嫌ではなく、私は今日も彼と二人で海を眺める。


「もう少し行けばきっと、俺たちが降りられる島も見つかると思うぜ」


同じことを考えていたらしい将臣が、呟いた。私は相槌を打ち、地平線の向こうへと目を凝らす。まだ何も見えそうにない。

しばらく上がっていない陸地が恋しくないといえば嘘になるが、だからといってどこでも良いから船を降りたいとは思わない。そういう甘い気持ちは既に向こうへ置いてきた。始めはぞろぞろと集団で進んできたのに、今はもうこの御座船と、他二艘の小ぶりの船しか私たちにはない。いくらかは戦で落ち、またどこぞの陸地へ逃れていき、散り散りとなったのだ。でも、仕方がない。平家は負けた。本来は、生き残ることさえできなかった筈だった。今こうして海を渡っていることこそが奇跡に近いのだ。


「絶対、あのまま望美たちと居たほうが楽だったと思う」


不意に将臣が、ぽつりと言う。感情を削ぎ落とした、淡々とした声。


「元々名前はこっち側ではなかったし、神子だとか八葉だとかいう役割もなかったんだ。完全に俺に巻き込まれる形で来ちまったんだからな。今頃、望美や譲は元の世界に戻っているかもしれない。だというのに、俺とお前はこんなところで移住地探しだ」


思わず、隣に経つ将臣を見上げた。それに気づいたようにこちらへ視線を寄越し、彼は困ったように笑う。


「本当に、悪いと思ってるんだ。俺は名前が居てくれて嬉しいけど、無理させてるんじゃないかって」


彼の言うことも、その通りだと思う。
私は望美や将臣と偶然一緒に居た為に、この世界へ来た。そして色々な過程の中で、最終的に平家に味方をするようになっていたのだ。神子や八葉たちとは対立し、唯一将臣だけが頼れる人だった。清盛がしたことは正しいとは思えない、だが平家の滅亡は他の様々な要因が絡み合った結果でもあるし、それで滅亡させられるのを看過することができなかった。そう考えさせられたのは、言わずもがな将臣の影響である。

でも彼は、ひとつ勘違いしている。私はただ流されてここに来たのではない。自分で選んで、この道を辿って来たのだということを。


「私は、有川が嬉しいって言ってくれるだけで此処に居て良かったって心から思うよ」


じっと見つめる。この気持ちが伝わるように。


「私だってね、有川に負けないくらい平家が好きで失いたくないから。同じように、有川も失いたくない。だから、今ここに居るの」


ごめん、は私の方だ。何もできなくて足でまといなのに、最後まで一緒に居させてくれてありがとう。いつだってそう思っている。有川が居たから私は今此処に居られるのであって、謝られるのは筋違い。私は私の意思で有川の隣に、立っている。


「そうか・・・そうだよな。俺だって、名前を失いたくないと思ってる。だからこうして、向こうへ返してやることもできずに手元に置いちまったんだよな」


それから、ふっと目を細める。優しい顔。


「これからも、隣に居てくれ。責任とって幸せにする」


将臣の言葉はとてもあったかくて。胸がいっぱいになってしまった私は、ただ頷くだけで精一杯だった。




曖昧すぎて壊れやすくて



それでもそんな、不確かなものを私たちは守っていく。



130406



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