どうしよう隠し切れない


彼女の腕を掴んだのも、つい言葉が飛び出たことも、全てが想定外のことだった。


「好きだ」


口にした途端、空気が変わった。何故、このような愚行をしてしまったのだろうと後悔するも後の祭り。体中の血が、ざあっと引くような不快な感覚。これで、今まで地道に築いてきた友人というポジションを失ったのだ。
――それでも、耐えられなかった、俺は。何を隠そう、言うつもりのなかった告白に一番驚いたのは俺自身である。

彼女、名字名前とは共通の友人を介して知り合い、複数メンバーでの集まりでたまに顔を合わせる程度の仲である。友人と言えるほど親しくはなく、かといってただの顔見知りで済ませる程関わりが無かったわけでもない。隣に座れば話もしたし、道端で会えば挨拶もした。その程度の繋がり。俺も彼女も社交的な方ではないので、特に会話が弾むといったことはなかったように思う。

だが俺は次第に、彼女に特別な想いを抱き始めたのだ。明確な切っ掛けがあったわけではない。なんとなく、気付いたら目で追うようになっていた。
名前はいつも、周囲の話を聞きながら穏やかに笑っているような女だ。彼女の元々の友人である食満とは正反対と言っても良い、大人しいタイプである。俺はそれを気に入っていた。会話はなくとも、隣に居るだけで落ち着ける。俺は名前にそんな感情を抱いていた。そしてその想いは、次第に大きくなった。

しかし名前に告白しようなどとは、一切考えなかった。俺自身が色恋に疎くそういったことに引き気味だということも、勿論ある。だがそれ以上に、彼女の気持ちは俺には向いていないだろうと思ったからだ。かつての俺にとってもそうだったように、名前にとっての俺は大勢の中の一人だろう。お世辞にも、俺は気の利いた正確ではないので振り向かせてやる、だなんて自信を持てない。なによりも彼女は、食満の友人なのである。あんな良い女が何故食満なんぞに付いて来ているのか。

(それは名前が、あいつを好いているからではないのか)

そういった意味で、俺は彼女への想いを永遠にこの胸に止めようと決意した。この想いを口にしたところで、いいことなどひとつも見当たらない。ならば、このまま一人の友人として名前を接したいと思うのは当然ではないのか。

だというのにも関わらず、この失態。全く予想外だった。運良く彼女と二人きりに成れて、浮かれていたのかもしれない。偶然街で遭遇して、少し話して、じゃあまたと手を振った直後のことだった。周囲に人影が無かったのが幸いだった。


「えっと・・・何が?」


やや長い沈黙の後、名前はぎこちなく笑って聞いた。困ったように眉尻を下げ、何でもないような口調で。その言葉には、俺が彼女に好意を示したことを勘違い・もしくは聞き間違えで済まそうとする響きがある。だが、彼女も分かっているのだろう。依然として動きの鈍い彼女の指先は、不安そうにぎゅっと握られている。
このまま「なんでもない」と誤魔化してしまえば、きっとなかった事にできるだろう。だが、俺は胸中に渦巻く後悔とは反して、きっぱりと言い直した。


「お前を女として、愛している」


名前の身体が再び、ぎちりと固まる。今度は間違った解釈もしようがない。思ってもいなかった俺からの告白に、彼女は戸惑いが隠せないのだろう。ひゅ、と息を飲んだようだった。それから、躊躇うように唇を開いた。


「あ、あの、潮江くん」

「―――答えを期待しているわけではない。黙っていられなかっただけだ」


俺は名前の言葉を遮った。名前は強ばった表情で俺を見上げる。


「困らせるつもりも、なかった。だが名前にも責任はある。食満なんぞの話ばかりするからいけないんだ。お前が食満と特別仲が良いのは知っているし、邪魔するわけでもない。だが、耐えられなかったんだ。悪かったな」


言うだけ言うと、妙に胸の支えが取れたような気分になる。予定外の事態ではあったけれど、ただ秘めたまま消滅を待つばかりだった恋心をぶつけられたのは、良かったことなのかもしれない。元から叶うと思っていないし、もう思い残すことはない。
だが彼女の方はそうはいかなかったようで、すぐに慌てたように口を開く。


「け、食満はそういうんじゃないから・・!ただの友人!仲はいいけれど、潮江くんがその、思っているような関係じゃないよ!」


それから、恐る恐ると彼女は俺を上目遣いで見つめる。その頬は、これでもかというほど赤い。


「潮江くんは、その・・・本気、なんだよね」

「―――・・・ッ」

「私はね、あなたのこと」


―――まるで、名前も俺と同じ気持ちなのではないのか。
そんな都合の良い想像をさせる名前の態度に、心拍数が跳ね上がる。たった今、諦めようとしていた恋心がふつふつと湧き上がり、全身に熱を送る。そして、どうしようもなく俺が名前に恋しているということ思い知らされる。胸が苦しくて、張り裂けそうだった。

俺は身動きひとつ取れずに、名前の言葉を聞き逃すまいとしていた。唇が紡ぐのは、一体どちらの答えなのか。

ただ一つ分かるのは。
もう易々と彼女への想いを、断ち切ることなどできないということだ。




どうしよう隠し切れない



130406



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