きみは変わらない笑顔で


女の成長はある日突然やってきて、男の知らないうちに先に大人になってしまうものだ。そう言っていたのは、父だっただろうか。どのような文脈での話かはすっかり忘れてしまったが、その時に私はよく分からずに首を傾げたのだ。
だが、今ははっきりとそれを理解している。女というものはこうも簡単に、男の及ばぬところまで成長してしまうものなのかと。


「名前さんって、化粧、してましたっけ」

「え、わかる?!」


数秒間、咄嗟に反応できずに凝視してしまったのを取り繕うように尋ねると、名前さんは顔に手を当てて照れくさそうに笑った。


「春から大学生だからね、もうすっぴんはまずいと思って。まだ慣れなくて上手く出来ないんだけど、変じゃない?」

「・・・まあ、見られなくはないかと思いますけど」

「利吉くん手厳しい!」


そのように返答したものの、二つ年上の幼馴染はたった数日でかなり大人っぽくなっていた。先週までは同じように制服姿だったのに、だ。それに私はなんとも言い難い複雑な心境を覚えた。

(変どころか、すごく素敵だが)

素直に言えるわけがない。本当は、今すぐ化粧なんてやめて欲しかった。今まではあまり目立たなかった名前の魅力に、誰かが気付いてしまうかもしれない。それがとても不安だった。
そんな私の気持ちも知らずに、名前はじっとこちらを見つめる。


「利吉くんは昔からお洒落イケメンだもんな〜。私が化粧したくらいでかなうわけないか。本当に利吉くんって昔っからモテモテだよね!」

「そんなこと、ないですって」

「そんなことあるよ!だってうちの学年にも利吉くん、狙ってる子いたもん」


確かに、私は人気者の部類に入るのだろう。自分でいうのもあれだが、成績も良い方であるし。だけどそんなの、嬉しいと思ったことはなかった。いくら告白されても彼女を作る気になんてなれるわけがない。
――初恋を拗らせるあまり、他の女は目に入らないのだ。

もう物心ついた頃からずっと、私は名前が好きだった。その想いは日に日に増すばかり。だけど年下だということもあり、どうしても言い出せずにずるずると今に至る。


「名前さんは彼氏、できました?」

「え〜いないよ!残念ながら!欲しいけど、いい出会いっていうのがないんだよ!」


はしゃぐ彼女をからかうように笑いながらも、内心ほっとする。もしここで恋人ができたなどと言われたら、しばらく立ち直れない。


「クラスの格好良い人とかは、大体彼女居るしなあ。うーん、やっぱり合コンとか行ったほうがいいのだろうか」


ぶつぶつ呟く名前に、つい魔がさした。


「名前さん、年下とかは興味ないですか?」


ふざけた口調で投げかけたのは、本心。割と直球な問いだったと思う。自分ではわかないけど多分、すっごい真剣な目をしているのだろう、私は。もしかしたら長年抱き続けていた感情が、彼女にわかってしまうかもしれない。


「え、もしかして利吉くん、」


名前は驚いたように目を丸くする。
もしここでバレてしまっても、いいかな、なんて。


だが。


「年上に好きな人が出来ちゃったとか・・・?」


案の定、斜め上の方向に名前の思考はぶっ飛んでいた。そんなことだろうと思ったけれど。本当に、この鈍感女をどうしてやろうか。いっそ無理やり抱きしめて、押し倒して、キスでもしてしまった方が早いのではないのかと思うのだ。
ま、勇気がなくてそんなことできないが。


「秘密です。名前さんが年下オッケーだったら教えようかなあ」


余裕ぶってからかって。進展したいようなしたくないような。矛盾を心の内に秘めたまま、今日も私は彼女の笑顔に恋している。




きみは変わらない笑顔で

(私をいつも翻弄する)



130402



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