焦がれる秘密


いっそのこと、あの金髪の男のように解り易く求愛してくれればいいのにと思う。俺の女になれ、抵抗は認めない、お前は黙って従い子を産めばいいのだと。そうすれば、私だって色々諦めがつくし、覚悟だって持てると思うのだ。
妙に優しくされたら、どうすれば良いのか分からないではないか。


「要りません。貴方が持ってきたものなど、口に出来るわけがないわ」


差し出された盆を、押しのけ顔を背ける。私の為にと用意された夕食だった。素人目にも手の込んだ料理とわかるそれには、庶民では目にすることもできないような高級食材まで使われているらしい。
とても美味しそうな料理を、口も付けずに処分するというのはかなり気が引けることではあったが、私は私の名誉を守るために以降一切意識を向けないことにした。


「もう三日も食事を摂っていないだろう。身体を壊す」

「心配は結構よ。私も鬼だもの、そう簡単には死なないわ」

「いくら鬼だからといっても、不死身ではない」


男は、押しのけられた盆に困ったような表情をした。元々屈強な体つきをした強面の天霧九寿だが、いかにも心配した風な声色で私を諭す姿は少し情けないと思う。もっと威圧的で融通の効かない男だと思っていたのだけれど、話してみると存外、相手に気を使う性質であるらしい。
だがあくまで思ったよりも、の話。天霧は相手に気を使える男のようだが、だからといって私の言い分を聞いてはくれない。自分がこうと決めたら、他者の意見など受け入れない。男鬼の馬鹿らしい性分である。


「・・・貴方にこうして囚われたまま生きるのならば、早々に死んでしまいたい」


どうにかして天霧を傷つけてやりたい。そんな悪意を込めて呟くも、彼は尚も困ったように目を伏せたまま対して動じた様子がなかった。

天霧九寿は西の彼方にある里へ住んでいる、数少ない鬼の血統天霧家の跡取りである。彼は昨今の騒がしい世に、かつての恩義を返すだとかいう理由で人間の闘争に力を貸しているという。私はというと、何代か前から人間との交わりを良しとした無名な鬼の末裔だった。それでも一族平和に暮らしていたのだが、ある日天霧がやってきて私を見初めたらしく、そのまま攫われてきたのだ。

天霧と共に居た金髪の鬼曰く、今は鬼の血筋で嫁取りをするのが困難になっており女鬼は貴重なので仕方のない行為なのだとか。そして、多数いる鬼の中で天霧程優しい鬼に惚れられたのだから、喜ぶが良いと。だが私は、家族を皆殺しにされ、敵の男に甘やかされながらのうのうと生きていられる程神経は図太くない。


「名前。死ぬなどと軽々しく言うのはよしなさい」

「あらそれは私の里を壊滅させた男に言えること?」

「それに関しては、言い訳するつもりはない。だが、他にどうしようもなかった。お前を決してやらない、と言われたのだからな」

「そこまでして私が良いだなんて、変わっているわ。大した美女でもなければ、鬼としての血も薄い私をわざわざこうして、囲うだなんて」

「それほど、お前に焦がれてしまったのだ」


臆面もなく言い切る男に、呆れを通り越して恐ろしくなる。事実、天霧は恐ろしい。私を攫ったときも、私が酷く抵抗したときも顔色ひとつ変えなかった。ただ冷静に、淡々と仕事こなす。冷静な態度であるのに、行っていることは狂気にしか思えないことだった。

例えば私に対しての態度。まるで主に使えるかのような丁寧さで、私を扱うのだ。私がしろといったことはするし、欲しいと思ったものはすぐに手に入れてくる。私がここから逃げ出す、そのこと以外は何でもいう事を聞いてくれる。小娘ひとりに、どうしてここまでできるのだろう。


「お前の我が儘など、いくらでも聞こう。なんだって叶えてみせる」

「無理よ、そんなこと」

「なに、心配には及ばん。少しの我慢をすれば永遠に名前は私のものになるのだからな。安いくらいだ」

「・・・私は、貴方のものになる気など微塵もないわ。永遠にこのままよ」

「根比べか。それも良い」


天霧は恍惚としたような顔で私を見下ろした。


「きっとすぐに、私のものになりたくなるだろうがな」


その視線に負けぬよう、私は毅然と天霧の瞳を見つめ返す。底知れない闇を覗いている気分だった。



焦がれる秘密



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