舌の上


その男と出会ったのは、ある事件が切掛けだった。私が仕えていたご主人様が城主、黄昏甚兵衛の怒りを買ったらしい。暗殺されたのだ。その際に出会ってしまった。女中として勤めていた私、屋敷に忍び込んだ曲者。本来交わる筈のない両者。


「君とはもう、これきりだ。私も暇ではないんでね」


闇に紛れる黒装束と、そこから除く白い包帯、そして鋭い視線。
この男がタソガレドキ忍軍組頭・雑渡昆奈門と知ったのは、この時の言葉に反して、彼とひと月としないうちに再会してしまったからである。




「また、会ったね」


屋敷を追い出されて私が奉公に出た先は、町の呉服屋。そこそこ立派なお屋敷に勤めていた経験から、割と良いところに就職できたと安心した矢先。夜中に突然叩き起され、驚いて周囲を見渡せば火の海だった。そのまま夢中で逃げ惑い、なんとか助かったのだが店は全焼。そして主人は焼死した。

火事の原因は分かっていないが、またもや職を失ったのは確かだった。僅かに持ち出せた手荷物を抱きしめ途方にくれて川辺を歩く。その時である。雑渡昆奈門に再会した。

彼はこちらをチラリと見ると、友人にするように気さくに声を掛けてきた。身体を硬直させた私にお構いなしに名乗り、そして教えてくれた。私の奉公していた呉服屋は、城主に叛意を抱いていたのだと。それで彼が火事を起こしたのだと。


「災難だね、名前。それでも生き延びているということは、さぞ悪運が強いのだろう」


私は雑渡さんの言葉に笑うことができなかった。事実、偶然助かったわけだし、偶然妙な勤め先が重なった。全ては運だ。でもそれを認めてしまうと、悪い方向へどんどんすすんで行きそうだった。

そして残念なことに、それきりではなかったのである。似たようなことが続いたのだ。
次の町で甘味屋に雇われたが、そこは毒入り饅頭を城主に献上した店だった。店は潰された。
その次は農家に住み込みで入ったが、役人をはぐらかし年貢を収めていない領主だった。土地は押収された。
それならばと、自分で作った工芸品でも売ってみようと思ったけれどもそれに協力してくれた金貸しは、これまた城主に対して一物あったとかで、当然のようにやってきた雑渡さんにより成敗されたのである。


「君は本当に見る目がないね。どこに行っても私たちの敵に引っかかっている。実は君が全ての主犯格だったりしてね」


金貸しを目の前で殺され、腰を抜かした私をせせら笑うように見下ろす彼。その悪い冗談に慌てて首を横に振ると、雑渡さんは愉快げに、見えている片方の目を細めた。


「勿論違うと分かっている。でもこれ程偶然も重なると、見逃しきれないかな。私には名前に関わっている暇はないのだけれど」


敵の血を吸った忍刀に手をやりながら話す雑渡さんに、私は恐怖した。私に責められるいわれはない。どうしてこうなってしまったのか、聞きたいのは私の方だ。私は平穏に暮らしたいのに、どうしてか巻き込まれる。それは私の責任ではない。けれども、傍から見れば怪しいのは確かだし、この男なら怪しいという理由だけで私を斬って捨てるだろう。


「助けて、ください」


震える声で情けなく命乞いをし雑渡さんを見上げると、彼はちょっと考える風に手を顎に当てた。


「いっそ君を取り込んでしまえば、全て分かるかもね」


ぽつりと呟かれた言葉に、私は目を見開く。鈍い私でも、彼の言わんとしていることは理解できた。そして、それしか自分に選択肢がないことも。


「一緒に・・・連れていって下さい。私は貴方に、付いて、いきたい」

「本気で言っているの?タソガレドキ忍軍は甘い組織じゃない」


やっとのことで絞り出した決意を、雑渡さんは鼻で笑う。


「君は闇に浸かる覚悟、本当にあるのかな」


けれど、ここで引き下がるわけには行かなかった。確かに闇に染まるのは恐ろしい。この得体の知れない男と共に行くなど、恐怖以外の何者でもない。だが、それでも私にはそれしかなかったのだ。


「わ、私は忍者でもないし、なにもできないけど、雑渡さんが居ないと駄目なんです。雑渡さんしか、私にはもう居ないんです」


勤め先を次々と失い、私は事実、殆ど知り合いを亡くしてしまったのだ。元々家族も居ない。更にここまで不運が続くとこれはもう、疫病神だと嫌煙されても仕方がないことだろう。唯一、生きていて頼れる”顔見知り”がこの雑渡さんなのだ。
分からない人、怖い人。それでも私の命を何度も救ってくれたことは確かであるし、彼と共に行けば確実に、まだ生きていることができる。


「名前がそこまで言うのなら、傍へ置いてあげよう」


雑渡さんは徐に腕を広げると、私に囁いた。


「・・・・・・名前、おいで」


黒の忍装束には、闇がまとわりついている。この手をとってしまえばきっと、光の元へは戻れなくなってしまうけれど。私はまだ死にたくない。私は、彼に自分の意志で付いて行くことを決めた。


例えすべてが仕組まれていて、彼の話術にまんまと嵌められているのだとしても。



舌の上



130329



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