意識しちゃってください


今日も背後から視線を感じていて、なんだかなぁと思う。不快ではないのだが、気になるのだ。

(九郎さんよく気づかないよね)

望美は向かい側で素振りを続ける兄弟子に、感心したらいいのか呆れたらいいのか、実に微妙な気持ちになった。望美だけではない。他の八葉たちも思っていることである。

(名前ちゃんも、あれでバレてないつもりなんだからなぁ)

背後、木の陰からチラチラとこちらを伺っているのは名字名前である。彼女はとある事情からリズ先生と行動を共にしている少女で、九郎さんとは幼い頃からの付き合いだという。年は望美よりやや年上だが、少し天然で可愛らしい人だ。

名前が望美たちに同行するようになってから、もう半年程。この期間ではっきりした。名前は九郎を慕っている。最初から薄々と感づいてはいたものの、本人は全否定している。だが誰の目からもそうとしか思えない。それ程、名前の九郎への態度は初々しいものなのだ。
顔を合わせれば赤面し、手が触れれば硬直し、そのくせ傍に居たがる。本人は気づかれていないつもりなのだろうが、勿論皆気づいている。九郎以外は。

神子であり九郎の妹弟子である望美は、当初微妙に彼女に気を使った。いくら既に望美には付き合っている人が居て、九郎とはそのような関係ではないとはいえ、どうしたって関わる時間は長くなる。嫉妬されても仕方がないだろう。
でも名前は余程望美を信用しているのか、「望美ちゃんが剣に熱心なの、九郎も嬉しいみたい。私も望美ちゃんと九郎が仲良しで嬉しいの」とにこにこしていた。言葉に違わずよく彼女は、望美の周囲をちょろちょろしながら笑っているので、つい彼女が年上というのを忘れ、小動物のようで可愛いなあと思っていたりする。

でも、それとこれとは別。
いい加減どうにかしてもらわないと、気になって仕方がない。


「九郎さん、いい加減名前ちゃんの想いに答えてあげたらどうですか」

「は・・・何を言っているんだ?」


稽古がひと段落し、休憩に入ったタイミングで切り出す。困惑する九郎を前に、しかし今日の望美は引くものかと食らいついた。


「名前ちゃんは、九郎さんに想いを寄せているでしょう。九郎さんの方はどうなのか、そろそろはっきりした方がいいと思うんです」


丁度居合わせた朔や譲、弁慶、ヒノエも賛同するように頷いた。人の恋愛に口を挟むことが良くないというのは、わかっている。だがこればかりは九郎と名前だけの問題ではないのだ。もどかしい微妙な関係を見せつけられて半年、そろそろ皆限界なのであった。


「はあ?!あいつが、俺を?!そっそんなわけはない!名前は幼馴染だ!!」


ただ九郎には寝耳に水だったようで、顔を真っ赤にして否定した。確かに九郎は、今まで名前を恋愛対象として見ていなかったのだろう。だが、無意識下で好意を抱いていることは確かである。早くくっついて欲しい、というのが一同の願いなのだ。


「そんなわけあります!ね、ヒノエくん」

「逆にあれでわからないのが不思議だよ。名前ちゃんも不憫だね」


望美に続きヒノエにまで言われ、九郎はたじろぐ。ぐるりと周囲を見渡しても、味方はいなさそうだ。朔や弁慶までもが、九郎に急かすような視線を送っているのだ。
攻め寄る望美に九郎が唸ったその時、すっと扉が開き、小柄な少女が顔をのぞかせた。


「あ・・・なんか大切なお話だったかな。私、あっち行ってようか・・・?」


名前は緊迫した場の空気に、眉尻を下げた。望美がさり気なく九郎の背中を押した。それにより名前の前に出ざるを得なくなった九郎は、慌てて答えた。


「えっ?!いや、あの、そうではない!!!」

「遠慮しなくてもいいよ?」

「してない!ただの雑談だ!」


頬を赤く染めたまま喚く九郎に、名前は首を傾げた。それならば、と腰を落ち着けようとしたその時、九郎が名前の肩を突然掴む。


「名前!お前は俺をどう思っているんだ!!?」


九郎は背後の弁慶にそそのかされるままに、名前に詰め寄ったのである。あれこれ考えるよりも彼女の気持ちをはっきりさせれば済むだろう、と。一方、思いもよらない問いかけをされた名前は目を白黒させた。


「え、えっ」


至近距離で九郎に見つめられ、名前の顔はみるみる赤くなっていく。それでも視線は逸らせないようで、ちょっと緊張した面持ちで九郎を見つめ、ぽつりと言った。


「とても・・・・・・素敵な殿方だと思うけれど」


途端、九郎は硬直した。名前と二人、見つめあったまま微動だにしない。ああ、これは駄目だ。


「失敗だったかなあ・・・」


その望美の声はその場の皆の心境を代弁していた。
これではまだ当分、二人の仲は進展しそうにない。初々しいを通り越して、かなり面倒だ。




意識しちゃってください
(気持ちに気付いたら、視線が外せなくなるの)



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