小指と小指、赤い舌


今回、俺、竹谷八左ヱ門は運良く六年の実習に同行することになった。とはいえ、俺の役目は見張り。実際に忍務をこなす六年のサポート及び、予備の戦力でしかない。それでも幸運だ、と思うのは間近で六年の忍術を見ることができるからである。たった一学年、しかしその力量には遥かに差がある。良い勉強になるのだ。

忍務内容は難しいものではない。とある屋敷に潜入し、ある巻物を奪ってくる。しかしこの屋敷、かなり警備が厳重なのだ。なので今回は、予め潜入していた二人が巻物を奪い、彼らの脱出を俺と潮江先輩がサポートするというものだった。そして潜入している二人とは、善法寺伊作先輩とくノ一教室の名前先輩である。


「もし、そこのお侍さん。少し手を貸してくれませんか」


簡単な合図が送られ、作戦は始まった。声をかけたのは、女房姿に化けた名前先輩。彼女は見事にくノ一と解らない、優美な仕草で見回りの武者に微笑み掛けている。可憐な彼女に武者も息をのむ。

これがくノ一の怖いところ。くのタマ、しかも上級生ともなると色を自在に使い分けてくる。肉体的な戦闘力が低い分、その静かなえげつなさはピカイチである。名前先輩はまさにそれを体現したような人で、穏やかな笑みの裏で今度は一体何をしでかすのか、見ているこっちの背筋が凍る。

武者はまんまと色に掛けられ、誘われるがままに彼女に近付く。
そして、武者が名前先輩の手を掴んだところで―――スッと、音もなく背後に降り立つ影。善法寺先輩が、男の口を塞ぐと同時に首へ腕を回し、落とした。

力なく崩れ落ちる男。それを確認すると目くばしをし合った善法寺先輩と、女房姿から忍装束へと早変わりする名前先輩。あらかじめ、他の見張りや罠はこちらで解いている。再びこちらへ合図をし、二人は塀を乗り越え屋敷から脱出した。



「おほー・・・凄いっすね」


無駄のない、鮮やかな手法だった。特に善法寺先輩はあまり忍者向きでないイメージが強いので、このように軽々と難易度の高い忍務をこなす姿を見ると、やはり六年なのだと感心してしまう。
こちらへ向かってくる二人を眺めていると、隣に居た潮江先輩が低く問う。


「おい竹谷。矢羽根には気づかなかったか?」

「え?今の任務中にですか?全然気づきませんでした」

「もっと注視しろバカタレ、と言いたいところだが、今回に限っては運が良かったな」

「どういうことです?」

「・・・名前と伊作の矢羽根は、いつもながら聞いていられるものではない。思い出すのも嫌だ」


潮江先輩はどことなく、疲れたような声色でため息を吐く。一体矢羽根でどんな言葉が交わされていたのだろう。非常に気になるけど、この様子では潮江先輩は教えてくれそうにない。思いを巡らせていると、俺の思考を読んだように潮江先輩に言われてしまう。


「そんなに気になるのなら、本人に聞いてみろ」






「や、矢羽根かい?!えー・・・まあ、隠すことでもないからいいけど」


善法寺先輩と名前先輩が合流し、学園へ戻る道すがら。先程の潮江先輩の言葉に従い、本人に問いかけてみた。
善法寺先輩は矢羽根、と聞いてドキリとしたように目を見開く。それから、顔を赤くして照れたように笑った。あ、先輩今、馬の糞踏んだ。


「全然・・・・・・大したことじゃないんだけど、ね、名前」

「ええ・・・・・・大したことじゃないし、隠すことでもないわね、伊作」


どうにも歯切れの悪い本人たちは、一息吐いた後、事の真相を話し始めた。





「もし、そこのお侍さん。少し手を貸してくれませんか」


名前は武者に近づき笑みを浮かべながら、男の背後、大きな木の枝に目を凝らす。チラリと見えた鈍い光。伊作の苦無だ。

『伊作、もう少し右。そう、そのへん。今から誘導するから丁度良い頃に降りてきてね?』

『了解』

矢羽根で伊作に指示を出しつつ、浮かべた笑みに息を飲む武者。更に意識を向けるため、思わせぶりな仕草で手招く。馬鹿な男だ。くノ一の警戒くらい、していてもいいというのに。
誘われるままに、男は名前に近付く。

『伊作、そろそろよ。足を踏み外さないように』

『あはは・・・流石にそれはしないよ』

『そう?』

そして、男が名前の手を掴む。その瞬間、伊作が男の口を塞いだ。

『でもさ、名前。僕、直接触れさせないようにねって言ったじゃない』

――スッと、音もなく降り立った伊作に驚く男。が、騒がせる間もなく首に腕を回す。

『いくら任務だっていっても、他の男に触らせないでよ。色は仕方ないとしても』

『・・・伊作って結構嫉妬しいだよね』

『男なんてそんなもんだろう』

伊作は男の首をひねり上げた。


「僕の名前に触った罰として、ちょっと長めに眠っていてもらうからね」


『やっだ〜!伊作ったら何言ってるの!』

『だって、このまま眠らせるのも癪だったから』

『僕の、だなんて!そんな、伊作めっちゃ格好良い!やばい、惚れる!惚れ直した!』

『あはは、本当?』

『本当本当!背後から忍び寄ってそんなこと言うなんてめちゃくちゃイケメン!』

『名前こそ、女房姿可愛すぎて変な虫つかないか心配したんだからね』

『あーもう大好き!』

『僕も!』





「と、いう感じで・・・大したことは言ってなかったんだけれど」


顔を赤くしたままの善法寺先輩に、名前先輩が後ろから抱きつく。


「もう伊作が任務中なのに変なこというから、竹谷が気にするんだよ」

「名前だって、変なこといったでしょ」

「だって伊作がかっこいいんだもん」

「名前・・・」


「それは、なんつーか・・・仲の良いことで」


俺が呟いた言葉はきっと既に聞こえていまい。すっかり二人の世界に突入し、いちゃつきだした彼らに呆れていると、潮江先輩に肩を叩かれた。


「だから言っただろう、聞かないのが身のためだと」

「・・・理解しました。で、伊作先輩と名前先輩がラブラブなのは、三禁的にいいんですか?」

「良いわけあるか。だが遺作は、名前と組んでいた方が遥かに忍術のレベルも不運の回避率も高いからな・・・」

「注意できないってわけですか」


潮江先輩と顔を見合わせて、力なく笑った。後方では、まだ二人があれやこれやとイチャイチャしている。なんでだろう、忍務より帰り道の方が疲れるんですけど。
ていうか。



「嗚呼、俺も彼女欲しいなぁ・・・」


130312



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