心の中身は青い毒


俺の名前は、食満留三郎。どこにでもいる、ちょっと後輩の面倒見が良く武闘派な男子高校生である。今日は俺の悩みを聞いて欲しい。
俺自身は、勉強は平均だが運動には自信があるし、委員会でも部活でも順風満帆といった毎日を送っている。文句無しの高校生ライフである。
そう、聞いて欲しいことは俺のことではない。俺の友人、善法寺伊作のことである。


「と、留三郎・・・」

「伊作・・・今日はどうしたんだ?」

「はは・・・廊下を歩いていたら今日に限って持ちきれない程のプリントを抱えた下級生にぶつかられて、更に廊下に置きっぱなしだったバケツに躓いて汚水を撒き散らし、足を取られて転倒したところを走ってきた事務員さ・・・っっいったーッ!」


話の途中でガコンと物凄い音がして、伊作の頭にバレーボールが直撃する。伊作が不運なのは今更説明するまでもない。
しかしこいつは、そんなに運動神経は悪くないのだ。今くらいのボールであれば八割はよけられた筈である。その証拠に、これまでは日に三回しか溝に足を突っ込まなかったし、怪我だって青あざ程度で済んでいた。

しかし最近はどうだ。既に捻挫は今月二回目、溝に五回は嵌るし飛んでくるバレーボールの五割は小平太が打ったものだ。
そう、いつも以上の不運に見舞われている。

(っていうか、意識が危機管理に全く向いてないのだろう)

思っている側から、伊作は柱に激突した。


「伊作・・・せめてちゃんと前は見てくれ」

「む、無理だよ・・・!だってすぐ傍にあの子が居るんだよ?!自然と目が行ってしまうんだ・・・!」


ぽっ、と赤らめた頬を手で覆い喚く同級生。乙女か。恋する乙女なのか。女子がやったら可愛いかもしれないが、少なくとも男子高校生がやって可愛い仕草ではない。笑えない。
いや、事実笑い事ではないのだ。恋は盲目とはいったもので、伊作は本当に、恋患うあまりに普段以上の不運スパイラルに見舞われている。

(乙女だったら可愛げがあったものを)

なにしろ、伊作では破壊力がありすぎる。だって不運の王子様だ。いつかその被害が伊作の片想いの相手、名前にまで及ぶのではとひやひやしている。
だが現時点では告白はおろか、名前に話しかけることもままならない伊作。彼がそんなに奥手とは知らなかったが、進展が無い以上、被害は伊作が全て被ることで済んでいる。

(だが、そんなに好きなら応援してやりたい)

同級生のよしみでもある。協力してやるよ、と話を持ちかけようと伊作を振り返った。
その時。


「名前が・・・」


先程とは一変。地を這うように低く伊作が呟いた。俺は伊作を見て、思わず顔がひきつる。周囲の気温が明らかに下がっていた。
伊作の視線の先、名前の前には見慣れない男子生徒がいる。そいつが、ふざけた様子で名前の腕を掴んでいるのだった。名前は困ったように笑っている。


「・・・早くその手を離しなよクソ野郎が・・・」

「!!!?」


伊作の声でとんでもない台詞が聞こえた。え、今なんて・・・なんて?!いや!気のせいだ!俺は今のを幻聴だと断定した。
そうこうしている間に、男子生徒は離れていった。同時に冷えた空気も緩和する。伊作は、そわそわと落ち着きなく俺を見た。


「ああもう心配だなぁ・・・!名前ってば可愛いのに本当に無用心で、なんで簡単にスキンシップを許しちゃうだろう?!ああでもそこも可愛いんだけどね!ああ可愛い可愛い可愛い」

「なぁ、そんなに好きなら話しかけてみろよ」

「無理だよ!?名前を見ているだけで幸せなのに・・・か、会話なんて・・・!」


正直に言う。伊作面倒くさい。
新学期に入ってから、ずっとこれだ。ただ想いを寄せているだけならばいい。だが実際は話しかけられない癖に嫉妬ばかり大きく、名前にちょっかいをかける男をどうにかしようとして、半分はこちらが被害を被っている。名前も名前で、伊作の想いに全く気づく気配はない。

(これだけ分かりやすくて、どうして気づかねーかな・・・)

名前、頭悪くないのに。ため息を吐きながら視線を向けたら、名前と目が合った。彼女は俺を見つけて、眉を釣り上げる。
わー・・・嫌な予感。


「食満!!」


彼女はずんずんコチラにやってくると、ビシ、と俺を指差した。隣りで伊作が息をのむ。


「あんた、この前の古文のプリント出してないでしょ!早く出せって先週も言ったよね?!」

「す・・・すまん」

「私も怒られるんだからね!善法寺くんなんて一番最初に出してくれたのに・・・今日中にどうにかしてよ?」


やっべぇ古文の課題とか忘れてた。だが問題はそこではない。名前が俺に話しかけてきたのだ。しかも伊作の前で。


「善法寺くん、食満をお願いします」

「ま、任せて名前さん・・・!!!」


震える心臓を叱咤して伊作へ目を向ける。微笑んだ名前を前に、伊作は真っ赤な顔で花を撒き散らしていた。
だ・・・大丈夫そうか?むしろ俺のおかげで名前と話せた感じ?――なんていう甘い考えは一瞬で砕け散った。名前が背を向けたとたん、同級生が浮かべた冷たい笑顔。背筋がぞっとする。やばい、目が笑ってねぇ。


「と め さ ぶ ろ う ?」


……俺の名前は、食満留三郎。巻き込まれ不運の名をほしいままにしてきた俺だが、そろそろ死期が近づいているようや気がしてなりません。誰か助けてください。


「ちょ、伊作誤解だ名前とは何でもないからクラスメート以外の何でもねーから!!」

「今更言い訳?いつから呼び捨てされてるの?ねえ留三郎?」

「誤解だ―――!!!」


そして今日も、俺の断末魔が響くのだ。




心の中身は青い毒

(仕方ないんだ、好きなんだから)



130227



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