そろそろ終わり 忍者なんて、まっとうな人間が就くべき仕事ではない。 学生時代は見えていなかったものが、プロ忍になってようやく分かるようになってきた。分かったつもりでいた忍者について、ことごとく認識を覆される。 数年前に道を違えた友人たちに、本当にくノ一になるのかと諭された時の記憶が、ふっと浮かび上がった。その時の私は何と答えただろうか。自分にしかできない仕事がしたい?・・・笑わせる。私にはこの仕事しかなかったのだ。実習で戦場に出たあの日に私は、友人たちのように普通に嫁いで暮らすという選択肢を失ってしまったのだ。 善法寺は、よく顔を合わせる忍者だ。場所は必ず戦場である。 私は生きるために、それこそどんな仕事も引き受けることにしているけれど、善法寺は戦忍専門でやっているらしい。癖のある前髪と漂う薬の匂い。どんな姿に身をやつしていようと、彼を見つけるのは容易かった。 お互いフリーらしいとわかったのは、敵の時も味方の時もあったからだ。 だから、余計に親近感が湧いた。戦場で見かければ会釈するくらいには顔見知りとなった。とはいえ、仕事は仕事なので敵の時は容赦はしない。それは確認するまでもない、共通認識の筈・・・なのだが。 「知ってる?今回私、あんたの敵なんだけど」 「うーん・・・性分なんだよね。どうしようもないっていうか」 「善法寺、忍者向いてないんじゃない」 「よく言われます」 彼に治療されるのは、初めてではない。顔を合わせるようになってから何度か、怪我を見咎められ治療されていたから。善法寺はそちらが本業なのではと思う程、治療や薬についての知識が深い。 「僕、怪我人は放っておけないんだ」 「敵でも?」 「敵味方、命は変わりないよ」 本当にどうしようもない男である。しかもそれを口先だけでなく行動に移すのだから、たまらない。戦場でひたすら怪我人を手当てする姿は、忍者とはかけ離れたものだ。 「ね、善法寺。あんたが良い奴で良い男だっていうのは十分わかったよ。ここがお洒落な甘味屋さんとかだったら惚れてた。だからね」 私は、善法寺の手をやんわりと押し返した。止血はしてもらった。思いつく限りの薬も試してみた。それでも腹から泣かれる血は、止まりそうにない。 「もう、いい。私のことは放って仕事に戻りなさい」 言われなくても、自分のことは分かってしまうのだ。これはもう駄目だと。まったく、つまらない怪我を負った。戦場に迷い込んだ子供を庇って思い切り刺されるとかね。 いくら私が重症でも、助かる見込みのないやつを手当するだけ無駄。彼にも仕事があるのだし、ここはすっぱり私を忘れて立ち去って欲しい。大丈夫、静かな場所へ移してもらったから穏やかに逝ける。 でも善法寺は困ったように笑って首を横に振った。 「ありがたい言葉だけど、実はそうもいかないんだ。ほら」 べろりと忍服を捲り上げる彼。・・・ああ、それは酷い。私と良い勝負。内蔵、既に色々機能してないんじゃないのか。 「僕もさっき、やっちゃって。なんとかならないか色々考えたんだけど、どうにもならないな」 今までは大抵の怪我はどうにかなったのだ、と善法寺は笑った。つられて私も笑ってしまう。いや、可笑しくてたまらない。二人して身体に穴空けて、もうどうにもならない。 「そうしたら君を見つけてね。顔馴染みだし、最期に助けられたら気分が良いと思ったのだけれど」 「はは・・・余計、無念にさせちゃったかな」 身体を起こし、善法寺と向き合う。善法寺は私の両手を包み込むように握り、愛でも語るように囁いた。 「いや。君さえ良ければ僕の死出の旅に同行してもらいないかと思ってね」 「私で良いのなら、喜んでお願いしちゃう」 彼とこんなに近付いたのは初めてだ。やっぱり手は私よりずっと大きい。血濡れでなければもっと良かったんだろうけど。 「名前は優しいなぁ」 「優しいのは善法寺でしょう。戦場の中に舞い降りた菩薩、くらいには思われてるって」 「それは行き過ぎたお世辞だよ」 手を握り合いながら、ごろりと二人して寝そべる。吐息を感じる程近くで見つめ合って、徐々に弱くなるそれに相手の残りの命を測る。 ああ・・・もう手に力が入らない。 冷たくなっていく互いの体温を感じながら、微笑み合う。 忍者になって対して活躍もせずあっさり死ぬのか。人生的にはかなりの貧乏くじだったのかもしれないけど、最期に独りじゃないということが、こんなにも嬉しい。 もしかしたら私、善法寺に会うために一生分の運気を使い果たしたのでは、とチラリと思った。 そろそろ終わり 「来世では是非、戦場以外で逢いたいな」 「僕も。そしたら名前を好きになっちゃうかもしれない」 「お互い様ですよ、この色男」 130219 |