こんなの恋じゃないのに


クラスメートの原田くんは、一言で説明すると女慣れしている。いやらしい意味ではない。もっと分かりやすく言うのならば、”紳士”なのだ。優しくて気を使えて、誰にだって気さくな人気者。他の男子とはまるで違う。

男子なんて、荒っぽくてデリカシーに欠けていて、ちっとも理解不能。少なくとも私にとっては。友人たちに言わせると”名前は男子を拒絶しすぎ”らしいが、自分にそんなつもりはない。理解不能で、近付くのも怖いのだから仕方ないではないか。理解できれば、避けたりしない。だから私は、原田くんだけには声を掛けられる。
否、違う。掛けられた、だ。既に過去形。


「なー名字ってぜってー佐之のこと好きだろ」


先生からの連絡を伝える為に原田くんを呼び止めた途端、教室の隅の方から囁き声が聞こえた。同時にぎしり、と身体が硬直する。ちょっと前から、これだ。こうなると、唯一まともに言葉を交わせる原田くんとでさえ話せなくなってしまうのに。


「やめなさいよ男子ィーまた名前苛めてんの」

「そんなんだから名前が怯えるんじゃん!」

「最低〜」


すかさず、彼らに声を張り上げたのは私の友人の女の子たちだった。彼女たちは私がどうしようもない男嫌いだと知っているのである。だがどうしたわけか、その援護は火に油を注ぐ行為でしかなかった。女子に煽られた男子は舌打ちして反論した。


「はぁ!?苛めてねーよ、事実だろ!」

「でもいつも名前泣かしてんじゃない」

「名字が勝手に泣くんだろ!つかお前何様だよこのお節介!」

「なによやるの!?」


いつの間にか、クラスをあげての争いに発展していく。けれど当の私と原田くんは、すっかり蚊帳の外だ。どうすることも出来ず成り行きを伺っていると、原田くんはため息混じりに私を見た。


「ごめんな名字、不快な思いさせて」

「え・・・」

「好きでもねぇ奴を好きとか言いふらされて、嫌だろ。あいつらにもよく言っておくから」


ぽんぽんと、ごく自然な動作で頭を撫でられた。思考回路が真っ白になる。そもそも、私が悪いのだ。クラスメートなのに男子相手だと上手く話せなくなってしまうし、からかわれたから原田くん相手でも緊張してしまう。なのに、完全に巻き込まれた原田くん本人は、こんな時も優しい。


「ちょっと名前!名前も自分で言い返しなよ!!」


突然友人が私の腕を取って、男子の前に押し出した。驚きに目を丸くしていると、同じく男子に担ぎ出された原田くんが困ったような顔をした。
何が何だかわからない。促されるままに開いた口からは不明瞭な言葉が飛び出す。


「わた、私、原田くん、なんて・・・ッ」


しどろもどろの声にクラス中が注目している。原田くんも、私を見ている。そう思ったとたんについ、口が滑った。


「す、す、好きじゃないんだから!」


勢いよく言った後で、後悔。男子たちに向かって得意げな顔をする女子の、かしましさをBGMに私のテンションは急下降。どうして思ってもないことを、言ってしまうのだろうか。


「――だよな、わかってるさ。だから泣くなよ」

「あああ・・・うう・・・」

「俺は別に怒ってないから。ほら」


どうにか弁解しようにも、言葉にならない。原田くんは私を安心させるように、困った顔で微笑んだ。だけれど私は、ハンカチを差し出してくれる原田くんが格好良すぎて、更に涙が止まらなくなるのだった。




こんなの恋じゃないのに
(優しい貴方が気になって仕方がないの)



130217



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