最後のお願いおまじない この男、前世はナイチンゲールとかだったのではないかと、割と本気で疑っている。それほどに彼、善法寺伊作は誰に対しても分け隔てない親切を年中出血大サービスなのだ。 博愛主義という言葉を使うのは容易いが、それを体現できる人間がいるとは微塵も思っていなかった。そんなの、本とかテレビの中の綺麗事だと。しかし伊作に出会って、その認識を改めた。 何が切っ掛けだったかは忘れたが、伊作とは、中学時代からの悪友である留三郎に紹介されたのが始まり。以降高校では三人ずっと同じクラスで、共に騒がしい毎日を送っている。 出会ってから私が伊作に惚れるまで、時間は掛からなかった。だって、そりゃあそうだ。伊作は優しさに満ちた男で、常に穏やかな笑みを浮かべて私に親切にしてくれた。留三郎は嫌いではないけれど恋愛対象ではない。だから、留三郎の持ち得ないその甘ったるさを纏う伊作が、余計好きになった。頻繁なドジも愛おしい。その不運ごと、全部好きなのだ。 私は、救いのない恋をしている。 「うわぁ酷い熱」 「・・・風邪だよね」 「看るまでもなく、明らかだね」 保健室の簡易ベッドは決して寝心地が良いわけではないが、それでもひんやりしたシーツが気持ちよく感じる程には私は弱っていた。登校して早々に、保健委員長である伊作により連行されたのだ。 誰が見ても明らかに、高熱を出しているのだった。 「うう・・・伊作、辛いよぅ」 「自業自得。留三郎と夜通しゲームして、明け方に薄着でコンビニなんかに行くからそうなるんだ。名前は徹夜できないタイプなんだから、自己管理はしっかりしないとって言ってるのに」 「どうしてそんなに、詳しいのよ」 「勿論、留三郎から聞き出したからさ」 てきぱきと、体温計やら冷却シートやらを用意してくれる伊作に感心する。委員長の名は伊達ではない。けれどそんな私をよそに、彼は少し怒ったように首を傾げた。 「顔真っ赤にして、どうして無理して登校したの?」 熱があることには、起きた時から気付いていた。だるい身体で学校まで来るのは本当にしんどかったし、そこまでして授業に出るほど真面目ではない。 そんな私がわざわざ登校した理由はひとつ。伊作がいるからだ。 伊作はきっと、風邪で弱った私を甲斐甲斐しく看病してくれるに違いない。クラスの子が貧血起こしただけでも、おぶって連れて行くのだ。明らかな病人を放っておくわけがない。 果たして意図は見事に当たり、伊作と二人きりの保健室を満喫している。だが悲しいことに、伊作は私が倒れたから此処にいるわけではなく、病人がいるから此処にいる。つまり、ベッドに臥せっているのが私じゃなくても同じだったってこと。 「気づかなかったんだもん」 「はぁ・・・心配させてくれるよね」 困り顔の彼に、ときめきながらも罪悪感。そして嫉妬。誰に対しても同じ態度、同じように親切。いい人。ずるい、優しくされたら期待するじゃないの。 「伊作、私を心配してくれるの?」 ベッドの横のパイプ椅子に落ち着いた彼を見上げる。思ったとおり、柔らかい笑みで返答。 「当たり前だよ。親友だもの」 確かに親友の座は、今彼のいちばん近くに行ける。ふざけて抱きついても、甘えても許される。 でもそれじゃあ足りない。もっともっと近くに居たい。それを願うのは、我が儘なのだろうか。 「ね、手握って」 「いいけど・・・ふふ、今日の名前は甘えただね」 「人恋しいの。お願い」 「わかったわかった」 それでも親友の座を手放してまで、彼の隣りを狙う度胸はない。だからずるい手を使って、こうして伊作に触れる口実をつくる。 伊作の手は私より大きくて、骨ばっていた。ぬるい体温。ちょっと怪我でおうとつがあるみたい。優しく握られて鼓動が早くなる。好き、好き、好き。 「・・・私が寝るまで、離さないでね」 貴方が博愛主義を止めることはないし、博愛主義の貴方だから好きになったのだ。つらくても、仕様がない。 でも今だけは、独り占め、させてよね。 最後のお願いおまじない 130212 |