恋人みたいな殺意だね


日本の木造建築というのは、立派であればあるだけ、不気味さを増す。
廃屋というにはあまりに大規模なそこは、きっとかつてはこの土地の大地主が所有していたものなのだろうと推測できる。大半は朽ちているものの、残された家具や着物、装飾なんかはかなり豪勢なものである。

だが、それを楽しむ余裕は今、あるわけがなかった。

一向に開けない夜、家の至るところに蔓延る”亡者”。ひとつひとつの部屋を覗きながら、進展しない事態にそろそろ精神的にやられてしまいそうだと名前は俯く。


景時と名前は偶然ここに迷い込んだのではない。数ヶ月前に行方を絶った景時の妹、朔を探しに来たのだ。朔は、突然失踪した恋人の手がかりを見つけたといって家を出たきり帰ってこなかった。そこで兄である景時と幼馴染の名前が朔の足取りを追い、ようやく見つけたのがここだったのだ。

近隣の村からも見放された、山の際に一件佇む屋敷。そこは既に異界と化していた。亡者――所謂幽霊が、この屋敷には山のようにいる。それらから身を守る方法は、ひとつ。射影機を使うこと。これは平たくいえば、カメラである。ただし、もう二百年ばかり前の小さな箱型のものだ。
射影機で撮影することで、亡者を撃退することができる。それは射影機と共に残されていたメモから手に入れた情報である。


「大丈夫かい名前ちゃん」

「大丈夫・・・景時さんが居て良かった。一人だったらもう、きっとダメだったよ」


屋敷の中には、いたるところに手帳の切れ端のようなものが落ちていた。迷い込んだ者が誰かに伝えられれば、と千切りながら残していったものらしい。一人ではない。もう何人もの人が迷い込み、出れないままさまよって居るらしかった。
でも、そのおかげで景時と名前は今のところなんとか生き残っている。有難いような、そうでもないような。

名前は震えだしそうになる身体をなんとか抑えて景時に笑いかける。不安そうな顔をしては駄目だ。二人で必ず、朔を見つけ出してここから出るのだ。


「俺もだよ。名前ちゃんが居なかったらきっと、既に諦めていたと思う」


景時も、名前の笑顔に答えるように笑った。


「でも安心して。名前ちゃんはきっと俺が守るから」

「頼りにしています!景時さんと一緒だったら、どんな敵だってきっと撃退できちゃいますよね!」


年上の景時は頼りないところもあったけれど、昔から名前を助けてくれる頼もしいお兄さんだった。名前が高校生にあがったあたりからあまり会わなくなっていたが、そういうところは変わらないな、と嬉しく思う。
突然「朔が行方不明になった、一緒に探してくれ」と言われた時は驚いたが、今一緒に居るのが景時で助かったと名前は心から思っていた。



繋いだ手と手。景時は自分より小さな手を握り締めながら、深い闇を見据える。名前の手は震えている。当然だ。彼女は元々暗がりが苦手なのだ。それなのに気丈なフリをして、健気に景時を励まそうとする姿はとても可愛らしく見えた。

それなのに自分は――と、景時は自虐的な感傷に浸る。

名前より大人で、頼りにならないとならないのに、本当にどうしようもない。

(ごめんね、名前ちゃん)

実のところ、景時はもう既に事態の大半を把握していた。
この屋敷には大昔から忌まわしい因習があり、その儀式の失敗によって一族は滅びることになったのだ。朔とその恋人は、それに巻き込まれた。これは恋人ひと組が揃って行う儀式。愛し合うものが儀式において、命を奪い合うことによって完成する、忌まわしい習い。

(ごめんね、でもね、こうでもしないと君は俺を見てくれないから――)

朔がどうなったかわからないが、こうして景時と名前が屋敷に囚われているということは、儀式に成功してはいないに違いない。或いは、もう尽きたのか。

(妹が心配なのは確かだ。けれど、知ってしまった今、俺は自分でもどうしようもなくなっている)

恋人が愛し合っているかなど、本人同士でないと分からないこと。ポイントは、男女ひと組だということと、儀式が成功すれば二人は強く結ばれるということだ。

――殺した方は、殺された方とひとつになる。形はなくとも、確実に二人は永遠の愛を誓う。そういう、狂った儀式。

(俺は、君に殺されるのなら構わない。君とひとつになれるのなら、喜んでこの身を差し出そう)


なんて、綺麗に取り繕っていても言い訳は効かない。景時は既に、その考えの虜になっている。


例え恨まれても。

きっと二人きりの世界で、君に殺されるのなら幸せだろうと。

恐怖と絶望に歪んだ名前の表情は、実に美しく見えるのだろうと。




景時はゆっくりと唇に笑みを刻む。




夜明けはまだ、来ない。





恋人みたいな殺意だね



130203
うっすら雰囲気零パロでした。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -