好きなくせに馬鹿みたい


「名前ちゃん」と可愛らしい、まさに鈴を転がしたような声が私を呼んだ。振り返るまでもない、私のだいすきなだいすきなお友達、雪村千鶴ちゃんだ。
千鶴ちゃんと私は、この学園で一番の仲良しだ。クラスも一緒だし、休日もよく遊ぶ。千鶴ちゃんは本当に可愛い女の子で、男の子にも人気だけれど気取らなくて、私に良くしてくれる。自慢の友達。だいすきだ。


「なあに、千鶴ちゃん」

「今日の放課後駅前のカフェによって行かない?期間限定メニュー出たって!」

「行く!あそこの餡蜜、だいすきだもん!」


思わぬ提案に、胸が踊る。午後の体育が憂鬱だとか、数学の小テストが上手くいかなかったとか、そういうのがどうでもよくなる程に。千鶴ちゃんと手を取り合って、何を食べようか、と楽しい想像を巡らせているところ、急に肩を叩かれた。


「ねえ、廊下で話し込まれると邪魔なんだけど?」


冷たい言葉に、冷水を浴びせれたように浮き足立った心が収束していく。比例して、鼓動が早くなる。千鶴ちゃんによく似た声。知っている。案の定、そちらへ顔を向けるとこれまた千鶴ちゃんによく似た顔。でも彼は男の子で。千鶴ちゃんの双子のお兄さん、薫くんである。


「無駄話するなら教室入りなよ。目障りだ」


クラスは違うけれど、私はよく薫くんに声を掛けられる。いや、正確には注意を受ける。それは薫くんが風紀委員の仕事をしているからなのだけれど、きっと私が千鶴ちゃんと仲良いから目の敵にされているのだ。絶対そうだと思う。だってそれ以外に、考えられない。


「か・・・薫くん・・・」

「薫。進行方向を妨げてたのは悪いけど、そのいい方は良くないよ」


千鶴ちゃんは臆することなく、口を尖らせる。私を庇うように立った千鶴ちゃんに薫くんは眉を寄せる。整った顔だけに、余計怖い。


「――名字、リボン曲がってるから直せよ」

「う、うん・・・ごめんなさい」

「千鶴お前もだ。僕の妹だからって校則を乱すのは認めないからな」

「わかってるよ。あ、今日は名前ちゃんと一緒に寄り道して帰るから。薫も行く?」

「誰が――!」

「冗談だよ。名前ちゃん行こう」


そのまま、目を鋭くした薫くんを置いて千鶴ちゃんに手を引かれるまま教室に帰る。大丈夫なのだろうか。薫くん、怒ってた。胸がぎゅっと痛くなる。


「・・・ごめんね千鶴ちゃん。薫くん怒らせちゃったの」

「気にしないで。薫の物言いが良くないんだから」


千鶴ちゃんは言うけれど、私は全然良くない。ため息を吐く。


「どうしてかな・・・千鶴ちゃんとよく似てるのに」


性格は似ていないけれど。


「薫くんの顔見ると、どうしても言葉が詰まっちゃって・・・わたし、薫くんのこと苦手、なの」


話してて苦手だなあ、とかトラウマになるようなエピソードがあったとか、そのレベルではない。顔を見ただけで、萎縮してしまう。胸が苦しくなるだなんて、余程駄目なのだろう。自分でも、最低だと思う。その反面、仲良くなりたいという思いもあるのに。


「薫が素でお話するのは、名前ちゃんくらいだよ。さっきだってあんなに顔真っ赤にして、わかりやすいんだから」

「え?」

「――なんでもない。ねえ名前ちゃん」


千鶴ちゃんはにっこりと笑って私の手を取った。


「ずっと親友でいようね」

「うん!もちろん!!」


願ってもない言葉に、勢いよく肯定する。でも頷きながら、やはり思うのだ。千鶴ちゃんとずっと仲良くする為に、薫くんとも普通にお話できるように、なりたいなあ。



好きなくせに馬鹿みたい


(名前ちゃんと薫がもっと仲良くなっても、私も仲間はずれにしないでね)


130203



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