▽茉莉の簪に秘す


「頼忠さん」


ひょっこりと、通りの向こう側から現れたのは神子殿だった。この世界では珍しい短い髪は、しかしよく似合っていて、風変わりな出で立ちそのものが神聖を帯びて見える。
今朝は勝真が迎えに来ていたらしいので、自分は仕事を優先した。が、神子殿の付近に彼の姿はない。


「今のはお友達ですか?」


目の前まで駆けてきた少女は、首を傾げて今しがた別れた男の背を眺める。


「友人というよりも、仕事仲間です。早々に仕事が終わったので少し立ち話をしていました」


勝真は急用が出来たとかで、途中からは彼女一人で市をまわっていたらしい。話によれば神子殿の強い勧めで勝真を急用へ向かわせたたしいが、それでも少女を一人街中に放り出すとは、賛同しかねる行為だ。


「そうなんですか。でも、そういうのをお友達っていうんですよ。さっき、楽しそうにお店にいるの見ちゃいました」


一体いつから見ていたのだろう。同僚に誘われて市に到着したのは半刻以上前である。


「頼忠さんが市でお買い物しているなんて、びっくりでした。やっぱり、どなたかに贈り物ですか?」


遠慮がちに尋ねる彼女に、はっとする。きっと最初から最後まで、神子殿は見ていたに違いない。勝真と別れた後に自分を見つけたものの、見知らぬ男と居たから話しかけられなかったのだ。
しかし、よりによってあの店にいるのを見られたか。


「・・・実は、彼が妻に贈る品を一緒に選んでくれというので付き合わされていたのです。参りました、私はそのような物を贈ったことなどないのだから」

「え!じゃあ付き添いだったんですか?」

「はい。男一人で女物の小物の店に入るのは厳しいから、と」

「なんだぁ。私、頼忠さんの買い物かと思っていました」


目に見えて安堵する彼女に、胸が高鳴る。だからそう、思わせぶりな態度をしないで欲しいのだが。


「神子殿、少し良いですか」


と、断り彼女に手を伸ばす。そして懐からそっと出したものを、左耳の上辺りに差し込んだ。


「わあ、これ髪飾りですか?」

「神子殿に似合うと思ってつい、買ってしまいました。必要なければ捨てて下さって構いません」

「捨てませんよ!すごく、嬉しいんですから!」


手で形を確認するように、神子殿の白い指が髪飾りに触れる。その様子、優しげな手つきがまるで自分に向けられたものであるかのように錯覚し、目眩がした。庇護欲が掻き立てられる。


「・・・神子殿、これから私の買い物に付き合っていただけませんか。御迷惑でなければ、ですが」

「迷惑なわけありません。私、頼忠さんと居るのが楽しいから」


神子殿はそう言って、隣に立つ。そして拗ねたような上目遣いで笑う。


「頼忠さんは、わかってないです。私がどれだけ貴方に頼っているのかを。私の近くに誰よりも一番居るのは、頼忠さんなんだもの」


そんな可愛らしいことをさらりと言ってくれるのだから、敵わない。

でも神子殿もわかっていないでしょう。私が貴女に、どれほどの想いを傾けているのか。その簪、花言葉の意味を知らないでしょう。

だから今は、お互いに知らぬ振りのまま焦がれるのだ。


121011
5周年フリリク、香乃さんに捧げます。
末莉はジャスミンです。



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