▽ 甘い本能


物好きだなぁ、と聞き飽きるほど周囲には言われる。その度に反論するけれど、大抵の相手は聞き入れてくれない。
不知火さんは、その中の筆頭である。


「突然現れて俺の女になれ、で即答なんて普通できないだろ」


確かに彼は、少し横暴で短気なところがある。でもそれだけじゃないんだから。良いところだって、たくさんあるのだ。


「千景さんはすっごい優しいし大切にしてくれます。それに女の子は、あんな風に迫れられたら、どきっとしちゃうんです」

「そうかぁ?ただの人攫いだろ」

「不知火さんにはわかんないですよ。あれは千景さんだから、良いんです」


改めて言葉に起こしてみると、矛盾だらけである。不知火さんの方が正しいのかも。でも、私は一度だって後悔はしていない。千景さんの隣は、物騒だけれど居心地が良い。


「それにしても、人間相手とはいえ俺たちが戦場に行ってんのは知ってんだろ。毎回笑顔で送り出して、心配じゃねーのか?」

「心配ですよ。でも私がついていったところで、千景さんの足枷になるだけです。鈍いし、のろいし、千景さんの雄姿は見たいけど、それは後で天霧さんに教えてもらうから我慢します」


人間への恩返しで、千景さんたちは毎日のように出掛けて行く。血まみれで帰ってくることも珍しくはない。でも、私はいつも待っている。歯痒くないといったら嘘だけれど、無理に同行したいとは言わない。


「名前は良く分かっているな。流石は俺の女だ」

「えへへ、お誉めに預かり光栄です」


黙って不知火さんと私の会話を聞いていた千景さんは、不敵な笑みを浮かべ、私の頭を撫でた。慈しむような温もりに胸が高鳴る。
そして立ち上がった彼らを追って、玄関へとやってきた。


「千景さん、いってらっしゃい。気を付けてね」


ぎゅっと抱き付き腕を彼の背に回す。引き締まった身体、低めの体温、千景さんの匂いにくらりとした。


「あんまり可愛い反応をされると、置いて行きたくなくなるな」


呟いて抱き返してくれる千景さんに思う。
その通りです、本当は連れて行って欲しいんです。少しでも離れていたくないんです。物分りが良い女を装って、こうして貴方を引き留めているのです。

でも言わない、困らせない。私は貴方に相応しい、良い女でいたいから。



121011
5周年フリリク、麗さんに捧げます。



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